見出し画像

詩 ユタ 3 (春とピアノ)


ユタが
ぷいとジャズに背を向けて
姿を消してしまったからと言って、
ぼくもこのまま
ユタの詩から
遠離ってしまうわけにはいかない。

播磨の盆地で
繊細な
三つか四つの魂を探っていたら、
日本海溝で地盤がずれ
地震と津波。
マグニチュード九・〇

三陸の町は
どこも波に呑み込まれ
舟が、
家が、
車が、
人が、
押し流された。

波は想像力の高さも越えて、
白紙も
詩心も
音符も言葉も水浸し、
多くを沖合へ掠っていった。

ユタやドドの
神経は過敏、
こんな事態でだれを書ききれるだろう?
こんな事態をだれが弾ききれるだろう?
もともとピアノは
弱い楽器なのだ。

弱い魂が
弱い魂に共鳴し、
デビューしたばかりで消えていった
一人のピアニストを思いやっていたら、
いつかは訪れてみたかった地で
百人千人単位の死者、
南三陸町などは
一万人の住人が消息不明のまま。

詩の磁場は崩壊し、
夜明け前に
ディックのピアノを聴くことも止んだ。
ようやく取り掛かれた
ぼくの復興も中断し、
ドドもユタもまた消えてしまうのか?

被災者も
孤独者も
弱者は
ピアニッシモからスタートする。
いまはただ
ユタのピアノを聴くばかり。

(絵:音座マリカ)


ユタ…………Jutta Hipp (1925 - 2003)ドイツNo.1のジャズ・ピアニスト
 1956年渡米。三枚のアルバムを残して忽然とジャズシーンから消える。

ドド………Dodo Marmarosa (1925 - 2002) バップ時代の天才ピアニスト
 精神を病み、消息不明に。一度カムバックして名盤を残し、再度不明。

ディック…Dick Twardzik (1931 - 1955) 夭折の鬼才ジャズ・ピアニスト
 パリ楽旅中にオーバードーズで客死。六曲の演奏が死後アルバム片面に。


2011年3月、何年振りかで詩を書き始めていました。
若い(と言っても昔々の死者でしたが)ピアニストと出遇って、沸々と思いが湧き上がってきたのです。一日一篇、同じくこのピアニストに夢中になった妻に宛ててメール送信の形、ちょうど十三通送ったところに東日本大震災が起きました。

上掲の詩は震災四日目に書かれたもので、その間は中断、なんとかわたしはわたしの復興に立ち戻れました。それが「春とピアノ」という作品になり、その終章の一節から「春と石仏」という詩群が、震災後に訪ねた北条石仏から「羅漢合掌」という写真集が生まれました。

あれから五年、罹災地もわたしも、まだまだ復興中。

 春に
 惨事も多いけれど
 山は
 草木は
 笑うだろう。
 日は照り
 鳥は囀り
 ピアノは鳴るだろう。
 ピアニッシモの
 魂魄も
 響き合うだろう。

 ……(略)

 無惨
 で済まされるものなんてない。


(2011年の三部作は電子本として配信しています)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?