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輪廻転生と無我

 釈迦は紀元前5世紀ごろインドで生まれました。彼の「人生は苦である」「輪廻転生は苦である」という本意は古代インドの強固な身分制度(カースト)から生まれたのです。

王侯・貴族の特権階級があり、大多数の庶民は文盲で、教育さえも受けられない社会であれば当然の思いであった。圧倒的多数を占める農民は、医療・福祉制度もなく、自己実現も、個性の開花も望むべくもない日々だったのです。

だから釈迦は精神も身体も「生老病死」として苦と捉えました。それは、当時においては正論であり真実だったのです。人生を更に意味深いものと捉え直したのが500年後に生まれたキリスト教です。人生において積極的な隣人愛を説く教えを広めました。

それ故にキリスト教は、世界宗教として飛躍したのですが釈迦は、愛さえ執着であり苦であると認じその事に深い意味を見出したのです。


仏教の本質は、人生の生まれ変わり死に変わりの「輪廻の苦しみ」からの解脱です。ですから過去の悪しき因縁に縛られずこの世こそ「魂の進化・発展のチャンス」と捉え直すべきで、一つの人生を送ることは、各自の魂にとっては数多くのチャンスに恵まれるというポジティブな意味合いを持つことと考えれば意義があるのです。

輪廻転生論は、今から2500年ほど前のインド社会や、その当時普及していたバラモン教にとって、ごく常識的な考えであった。


 釈迦(仏典の編者たち)は、在家信者に対し説得力を増すため“方便”として輪廻転生を活用していたと推測する。何故ならば一般人にとっては死後の恐怖を克服する術を持っていないためと推測するからである。

「輪廻転生」の概念が、仏教の根本思想である「諸法無我」と矛盾しているのは明らかで、「私」「我」「私のもの」といった考えは幻想だ。

そのような実体は存在しないし、そのような、「我」を自認する考えを手放していくのが、仏道の本来的な姿である。万物は移り変わり、不変のものなどありません。

魂のみが変わることなく継続していく、といった想定は、「諸行無常」の観点からすれば、ありえないことなのです。

万有は縁(条件)によって生じる、つまり一切のものが関係性の上に存在している事実であり、あらゆるものは重なり関係しあって美しい調和のとれた世界を構成しているのです。大乗経典では一切は心の変現であって、心はあらゆるものの根源であり、真の実在であるとします。

全ての過去、全ての世界(宇宙)の影響を包み込んで、今この瞬間が成り立っています。

過去から現在未来、夫々を抱きかかえて流れ続く永遠が、実は今、この現在に収まっているという事実は、自分だけの過去が原因で、今の自分があるのではなく、世界中の人々の過去、そして宇宙全体の過去の影響を受けて今の私があるのです。

そして、今この瞬間の私の行為が、未来の状態を変える原因となっています。
私だけの未来を変えるのではなく、世界中の人々の未来、そして宇宙全体の未来を変える原因となっていることになるのです。

ではこのような問題をどのように理解したらよいのだろうか。私は無名であるが小泉八雲のささやかな研究者である。

我が故郷、焼津での随想、『夜光るもの』を通し生命の再生とか命の実存をこのように考えたことがある。

私たちの素粒子レベルでの生命活動では常にランダムに動いている一つ一つの粒子が時には、全体として統一な方向にふるまう自己組織化という意志のようなものが働いている。

今問題とする大乗仏教の唯識論も人の無意識層は繋がっていて、いくつかの「種子」で連携されているとする。この種子こそ万有を成立せしめる可能力を備えた現代物理学での物質の究極存在、電子や陽子等の粒子に他ならないのだろう。

「私に意志は存在する」は経験的に紛れもない事実です。ならば、電子や陽子や中性子にも、意志が存在しなければなりません。「私」は、電子と陽子と中性子で構成された粒子以外の何物でもないからです。

意志は意思で意識であり実存そのものです。ですから仏教では意識を唯識という言葉に集約し人の深淵なる内的宇宙観を作り上げていくのです。それが空とか無と呼ばれるものですが自分を実存として人間であるという事実に目覚めさせるのが仏教の本来的目的なのです。

小泉八雲は「自分は究極、粒子であり光でもあり意識である」であるとするこの事実を『夜光るもの』に描いた映像詩のような難解な表現としたのだろう。

極限小の夜光虫に自身の生命の記憶を重ねるその「思い」は、宇宙的無限大へと転回運動を遂げる。
それは、迷いの境界から脱する解脱と「業」の呪縛や輪廻からの解放なのである。

億兆の「思い」の融合により作り出される「思いの色」が輝く瞬間への収束は、輪廻解脱のイメージなのです。

涅槃の境地とは迷いを脱し神仏、生命現象の根源との融合の自覚を得ることである。このよう稀有な体験こそ日常大事にしたこの作家の霊感の賜であった。焼津でのこのような霊的体験は『漂流』『海のほとり』『乙吉の達磨さん』等、晩年の傑作といわれる随筆執筆の原動力となった。焼津の海がいかに八雲にとって重要な想念の場であったかは、このような観想的な随筆を通して知ることができる。


 

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