日記を買う日記

  来月初旬に予定している大阪旅行の新幹線代を少しでも軽減させるべく、学割証明を発行しにわざわざ大学まで赴いた。実家最寄り駅から大学のある駅まで定期券なしの往復で約1500円かかってしまうため本末転倒な気がしなくも無いが、学生の特権を使って旅行してやりたい気持ちがむくむくと湧き上がり、重たい腰をなんとか持ち上げることに成功した。一度出かけるスイッチが入ってしまえば、案外行きたいと思っていたところはポンポンと浮かんで出てくる。せっかく都心へ赴くわけだし、紙っぺら1枚を発行してそそくさと帰るのではつまらない。寄り道の計画をもにゃもにゃと立てながら身支度を済ませた。

 最初の寄り道は久しく行っていなかった大学近くの喫茶店だ。この喫茶店は自分が所属していたサークルが打ち上げ等で使っていて、マスターは私が入ってくると「あら、(サークル名)さん」と声をかけてくださり、一緒に店頭に立っている奥さんは私が髪を切る度に「また短くして…」といつも新鮮に驚いてくださる。オンライン授業の影響で学生が街から消え早1年が経とうとする中、この喫茶店は1ヶ月前にクラウドファンディングを始めていた。私が知る限りの大学周辺のお店の中ではこの喫茶店のクラウドファンディングは遅めの募集で、大学目の前に店を構える老舗にもついに深刻な暗い影が忍び寄ってきているのだなと思うと、この1年で失われたもの、そして今までの”当たり前”の大きさをひしと感じた。自分はもう4年生で”当たり前”を経験する時間は残っていなかったが、微力ながらクラウドファンディングに参加し気持ちばかりの支援をしたばかりだった。結果、お店のクラウドファンディングは無事に成功しており、店を訪れている最中にもお客さんが出入りしては「クラウドファンディングの成功おめでとうございます」とマスターに話しかけていた。私はそんな様子を横目に、少し塩気の多いカルボナーラをすすり、思い出の場所が残ることに安堵した。

 いい感じにお腹も満たされたところで当初の目的である学割証を発行。あまり学生時代に旅行をしなかったのと、普段旅行をしたとしても格安バスばかりを使用していたため、最初で最後の学割証発行となった。今回の旅行では新幹線を使うが、いかに今まで使っていた格安バスが学生の味方であったかを思い知った。なるほど人間を安全快適にかつ迅速に移動させるからにはそれなりの対価を支払うようになっている。

 次の寄り道は下北沢の「ボーナストラック」だった。大学がある新宿区から比較的近い中で気になっていた場所だったので、少し足を伸ばして下北沢まで出向いてみた。「ボーナストラック」とはその施設全体の名称であって、本当にピンポイントの目的はその中にある「日記屋 月日(つきひ)」に行くことだった。 その名の通り日記に関する作品を販売しているお店で、日記文学としてメジャーなものから、日記をテーマにした短編集など「日記」から始まる連想ゲームのような蔵書の数々は背表紙を眺めるだけでも充分面白かった。 特に私が面白いと思ったのは、個人の日記を書籍として販売していることだった。日記屋月日を経由して刊行されたものから個人出版して持ち寄ったものまで、これまたいくつか種類があって面白い。これだけブログが発達しているなかでわざわざ紙に発刊してまで人に読んでもらいたい日記とは如何なるものかと、試し読みで置いてある日記を手に取り読んでみた。そこで読んで初めて、紙で書いてあることの印象と効果を感じることとなる。

https://bonus-track.net/

 どんなもんかいと手に取り読んでみたものの、そういえば人の日記なんてこの方しっかり読んだ事なんてなかったのだ。ブログをちまちま確認することはあったが、見たとしても毎日ではなくてたまたま見た日をチラ見する程度が多かった。半年分がまとまって、しかもほぼ毎日の記録を通しで読むなんてことがなかったために、内容が日常的なものでも読み応えがあった。むしろ、日常的なものを具に書いているものの方がその人の時間や感性をダイレクトに感じて読み応えがある。どこの誰かも知らない人の日常を共時的に臨場感たっぷりに読むことができるのは、紙のもつ有限性と編集の成す力であろうなと思った。やはりここにきて良かったと、試し読みをしたなかで気になった1冊を買って帰ることにした。

 しばらく集中して読んでいたため小腹が空いたのと、この日は冷たい風が吹いている日だったので、日記屋の近くにある「発酵デパートメント」で特製の甘酒を購入して少し温んだ。この建物の上には「本屋B&B」があるためか、ここにも連想ゲームのような蔵書が並ぶ本棚が置いてあった。発酵をテーマにした料理本から、都市論やウイルス関係の本まで、「どうしてここに!?」と思わせる素敵な出会いのある面白い本棚だった。時間の都合で「本屋B&B」には立ち寄ることができなかったが、近いうちにまた訪れたい。

 そろそろ書く事に疲れてきたた。久しぶりに出かけてみて、日記屋に触発されて勢いで書いてみたら意外と書けた。24時間使いたい放題のモラトリアムももうすぐ終わる。こんな時勢にぶち当たってしまったが故に、”悔いがないようにする”のは難しいことだろうから、今できるなかで無理せず最後まで楽しみたい。

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