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チェーンストアはモノ余り時代に適さず

[要旨]

ドン・キホーテ創業者の安田隆夫さんによれば、これまで日本の多くのGMSが実践してきたチェーンストアの方法は、各店舗の仕入れや品揃え、プロモーション、採用などを本部で一括して行い、各店舗は販売とオペレーションに専念することで効率化を図るという方法ですが、これは、モノ不足の時代に適する方法なので、モノ余りの時代である現在は、ドン・キホーテやユニーのように、主権在現主義により、現場に権限を委譲し、消費者のニーズに応える店づくりをしなければ業績は向上しないということです。

[本文]

今回も、前回に引き続き、安田隆夫さんのご著書、「運-ドン・キホーテ創業者『最強の遺言』」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、安田さんによれば、経営者の自我が強いうちは、会社の業績は上向くことはなく、その理由は、経営者が、「俺が、俺が」と、自分の成功だけを考えていると、従業員は、「何であなたの金儲けに、私たちが協力しなきゃならないの?」と考え、誰も協力してくれないからだということについて説明しました。

これに続いて、安田さんは、日本でポピュラーになっているチェーンストア主義について、現在はあまり好ましくないということについて述べておられます。「読者の皆さんは、チェーンストア主義というのをご存じだろうか。これは、アメリカで生まれた流通小売業の経営手法であり、各店舗の仕入れや品揃え、プロモーション、採用などを本部で一括して行い、各店舗は販売とオペレーションに専念することで効率化を図るという手法だ。要は、当社の『主権在現』による個店主義とはまったく逆のやり方であり、それがこれまでの我が国における、大手流通業の必勝戦略だった。

そのチェーンストア主義がこの4半世紀くらいの間に、明らかな逆回転を始めている。GMSと呼ばれる総合量販業態の凋落が、それを雄弁に物語っていよう。その要因を一言で言えば、モノ不足(需要過剰)からモノ余り(供給過剰)時代へという、この間の消費価値観激変への対応不全ということになるのだが、私の見方はこうだ。先発大手流通企業が失速して、当社がそれにとって代わるような存在になれたのは、彼らがわざわざ、『集団運』の強化とはまったく逆のことをやってくれたおかげだと思っている。どういうことだろうか。チェーンストアのやり方は、あたかも工場のベルトコンベアのようなもので、各店は同質化した“販売マシン”に徹するというもの。

それが成熟化・多様化した現代の消費ニーズに応えられないのは言うに及ばず、徹底した個店主義の当社とでは、その戦意(販売力)においても大きな差が開く一方なのは自明の理だ。不思議なもので、お客様は『集団運』の強い店に、まるで引っ張られるようにして集まってくる。店から、目に見えない“集客オーラ”のようなものが出ているのかもしれない。いずれにせよ、この時代のチェーンストア主義は、『集団運』を落とす典型的な施策と言えるのではないだろうか」(185ページ)

この安田さんのご指摘を読み、私は、セブン&アイ・ホールディングス元会長の鈴木敏文さんが、ご著書、「鈴木敏文のCX(顧客体験)入門」で述べておられたことを思い出しました。「モノ発想ではなく、コト発想で考えたとき、どんな店づくりができるのかという実証実験を開始したのが、川崎登戸駅前店でした。チームのメンバーは、商圏の特性を把握することから始めました。商圏には女性が多いことや、高齢化により団塊世代以上が多いことなども判明しました。

また、登戸駅の1日の乗降客数が20万人を数えながら、駅前に大手居酒屋チェーンは1軒しかありませんでした。そこで、いわゆる、『女子会』のニーズが高いのではないか、『家飲み』の需要も高いのではないかと仮説を立て、女子会や家飲みというコト的なニーズに対応する売り場づくりに挑戦しました。お客様の行動を予測をし、どんな体験を望むのかを予想して、仮説を立て、売り場づくりの実験を開始したのです。

品揃えでは、女性が好む、フルーツ系のリキュールを大幅に増やし、お酒コーナーの周辺には、従来のような珍味や豆菓子だけでなく、チーズ、生ハム、ピクルス、レバーペイスト、クラッカー、ドライフルーツなどを並べて、酒類と一緒に目に入るように陳列し、『お酒のある楽しい食卓』をイメージしてもらえるような、家飲みエリアを設けました。また、セブンイレブンのデリカ惣菜(モノ)について、なぜ売れているのか、お客様にとってのコト的な理由を探ったところ、『個食』、『小分けにできる』、『保存が効く』といった要因が浮かび上がりました。

そこで、共通した要因を持つチルド惣菜と冷凍食品が同時に目に入る場所に陳列し、展開したところ、冷凍食品は、セブン-イレブン全体の平均の5倍の売上を記録するまでになりました。同じように、フリーズドライの味噌汁やスープ類も並列して並べると、1日500円程度だった売上が、3,000円に変化しました。お客様が望む体験を予想するコト発想が、地域のお客様に、家飲みの楽しさや、家事の時間短縮といった、新たなコト的な需要を生み出し、売上アップに大きく貢献したのです」(47ページ)

鈴木さんは、セブンイレブンで顧客体験価値を売らなければならないというアプローチをしていますが、安田だんは、「同質化した“販売マシン”」ではモノ余りの時代には対応できないと述べておられます。現に、安田さんは、業績不振に陥っていたGMSのユニーをドン・キホーテのように権限委譲によって復活させています。これらの2社の例から分かるように、モノ余りの時代は、権限委譲が欠かせないということが十分に理解できると思います。そして、権限委譲するだけでなく、委譲された権限を十分に活かすことができる人材も育成することが、経営者にとって欠かすことができない役割です。

2024/9/3 No.2820

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