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店を閉めると何を言われるかわからない

[要旨]

経営コンサルタントの板坂裕治郎さんによれば、もともと人は見栄を張りやすく、中小企業経営者はさらに見栄を気にすることから、業績が悪化したときに、撤退する決断をすることがなかなかできません。そこで、あらかじめ、事業を撤退する基準を従業員の方たちなどに公表しておき、基準通りに判断せざるを得ないような仕組みを作っておくことが望まれます。

[本文]

今回も、前回に引き続き、経営コンサルタントの板坂裕治郎さんのご著書、「2000人の崖っぷち経営者を再生させた社長の鬼原則」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、板坂さんによれば、新たに事業を始めたときは、「月商が、3か月連続で、○○円以下になったとき」、「経営より金策に使う時間が多くなり始めたとき」などの、事業を撤退する基準を決めておくことが大切であり、その理由は、早めに失敗を認め、撤退すれば、次の一手を打つ余裕が残るからだということを説明しました。

これに続いて、板坂さんは、「閉店の条件」の公表するとよいということについて述べておられます。「閉店日の条件を決めたら、次は、それを公表することだ。いくらデッドラインを引いても、自分の胸のうちにしまっていては意味がない。なぜなら、人は見栄を張る生き物で、中小零細弱小家業の社長は、特に見栄っ張りだからだ。私も、(板坂さんご自身が創業した衣料品店の)『タイアンドギー』を閉めるのに、結局、1年半もかかった。それだけ愛着があり、また、『店を閉めると周囲に何を言われるかわからない』という見栄が邪魔していた。

1日の終わりに、『もう限界だ』と思っても、朝になって店のシャッターを開けていると、開店した日のことを思い出し、『まだまだやれるのでは……』と思い始める。また、周囲に公表していないと、デッドラインを超えていても、従業員から、『がんばりましょう!』という声がかかる。たいがいの社長は、それだけで引くに引けなくなる。応援してくれる声に応えるべきだと、意志が揺らいでしまう。しかし、閉店日の条件を、あらかじめ従業員に公表していれば、それは、“約束事”に変わる。すると、約束事を守るのが1つの見栄になるのだ。何かを始めるにしろ、辞めるにしろ、決断は早い方がいい。その分、時間も資金も余力が残るからだ」(117ページ)

板坂さんがご指摘しておられるように、撤退基準を公表することで、経営者の方は、自分が撤退の判断を迷っても、それを避けられなくなります。このことについても、私は、その通りだと思います。その一方で、私は、経営者の方が世間体を優先し、事業を撤退する決断を先送りしたという例を、たくさん見てきました。やはり、自分が起業した会社の業績が悪化し、撤退しなければならない状態になったとしても、経営者仲間にそうなってしまったことを知られたくないと考え、撤退の決断を躊躇する気持ちはわかります。

また、自分が起業したのではなく、父親や祖父が創業した会社を引き継いだものの、業績が悪化している場合、決断は、さらに難しようです。というのは、そのような会社は業歴が長い分、たくさんの知り合いがいることから、経営者の方が祖父や父親の面目も気にかけて、ますます、撤退の決断をしにくくなるようです。例えば、私が銀行で勤務しているとき、商店街で営業しているあるお店が、業績が悪化しているため、廃業する方が妥当と思われるような状態であっても、周りのお店が営業を続けているので、自分の店だけ閉店することは意地でもできないと主張し、銀行から赤字補填のための融資を受けているという事例を、何度か見てきました。

すなわち、板坂さんもご指摘しておられるように、「店を閉めると周囲に何を言われるかわからない」というプレッシャーは、経営者の方にとって、かなり大きいようです。とはいえ、そのような会社は、営業を続ければ続けるほど赤字が増え、損失が膨らむだけであり、1日でも早い決断が望まれます。そして、決断を先送りにしている経営者に対し、「見栄を張ることによって、適切な経営判断ができないことは、経営者としては失格」と批判することはできます。しかし、人は感情に影響されやすく、体面を優先する方が多いということも実態だと私は考えています。

これは、不祥事を長期間にわたって隠してきた大企業も少なくないということからもわかると思います。では、どうすればよいのかというと、結局のところ、板坂さんがご指摘しておられるように、撤退基準を従業員の方たちなどに公表することが原則だと、私も考えています。もうひとつの方法は、1か月、または、3か月ごとに、融資を受けている銀行に、業績の報告に行くことだと思います。自分の頭の中だけで考えず、外部の人に自社の業績を見てもらうことで、冷静な判断を行いやすくなると、私は考えています。いずれにしても、人はなかなか冷静な判断をすることができないという前提で、それに備えた「仕組み」を整えることは大切です。

2024/5/25 No.2719

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