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雇用を第一にすると経営は合理性を失う

[要旨]

冨山和彦さんによれば、雇用は企業の重要な存在意義のひとつであるものの、雇用を守ることを戦略上の第一の目的関数にした瞬間、経営は合理性を失い、競争に敗れ、最後は雇用を最も大きなかたちで失うことになるため、長い目で見て雇用を最大化したいなら、まずは経済性、市場、競争に関わる冷静な事実に基づき、合理的に発想するところからスタートしなければならないということです。

[本文]

今回も、前回に引き続き、冨山和彦さんのご著書、「結果を出すリーダーはみな非情である」を読んで、私が気づいたことについて説明したいと思います。前回は、冨山さんによれば、本来、戦略的意思決定というのは、何を優先させるかという議論であり、何かを捨てなければならない引き算の議論で、かつてはそれは縮小均衡になると考えられていましたが、現在は特定の事業に資源集中をしなければシェア拡大ができない時代であるということについて説明しました。

これに続いて、冨山さんは、「引き算の戦略的思考」について、日本航空の事業再生を事例としてご紹介しておられます。「JAL再生のときに実際に(アリの目を持つ課長さんへの質問を)やったのだが、ある課長さんの答えは『問題ありません、大丈夫』だった。実のところ、私自身は最初から大丈夫だという確信があった。『整備トラブルが増える』とか、『安全性に問題が生じる』という人がいたが、新しい機材の方が、安全性は確実にアップするし、だぶつき気味の中高年世代が減ると、組織の風通しがよくなって、トラブルも起きにくくなる。若手ものびのび仕事ができるようになり、生産性がかえって上がる場合も多い。

これが、『引き算』の戦略的思考である。何の優先順位が高いかというときに、B747を全部捨てるということは、B747のパイロットはどうなる、B747のベテランの整備士はどうなるという議論になる。もちろん、会社に余裕があれば遊ばせておけばいいが、その余裕がなかったら、辞めてもらうほかない。B747の整備士やパイロットを維持することを前提に議論を始めると、本末転倒になって、戦略的思考が展開できないのだ。もちろん、雇用は企業の重要な存在意義のひとつである。

しかし、今そこにある雇用を守ることを戦略上の第一の目的関数にした瞬間、経営は合理性を失い、競争に敗れ、最後は雇用を最も大きなかたちで失うことになる。長い目で見て雇用を最大化したいなら、まずは経済性、市場、競争に関わる冷静な事実に基づき、合理的に発想するところからスタートしなければならない。その結果が、『今は雇用を捨てるとき』ならば、組織内の『情理』と折り合いをつけながらも、迅速かつ円滑にそれを決断し実行することがリーダーの使命なのだ」(180ページ)

経営者の方のうち、少なくない割合の方は、「引き算」の経営判断は避けたいと考えていると思いますが、冨山さんのご経験のように、「案ずるより産むが易し」ということも少なくないと思います。そうであれば、決断を先送りすることは避ける方が懸命です。うまくいけばそれでよいわけですが、うまくいかなかったときも、結論が早くわかることになります。

でも、決断を先送りすれば、その結果がわかるまで時間を要することになり、最も避けるべき行為です。もうひとつ言及したいことは、会社は雇用が第一という考えの経営者の方は少なくないと思います。しかし、だからといって、冨山さんもご指摘しておられるように、「雇用を守ることを戦略上の第一の目的関数にした瞬間、経営は合理性を失い、競争に敗れ、最後は雇用を最も大きなかたちで失う」ことになります。

すなわち、大切な雇用は守らなければならないわけですが、だからこそ利益を得なければならないのです。したがって、「雇用を守る」を錦の御旗にして、現状を維持する意思決定は、筋違いです。しかし、会社の存続(=利益を得こと)を第一の目的とし、それを遂行することができれば、自ずと雇用も維持できます。このことは当然のことなのですが、ときどき「雇用を維持するためには、会社が赤字になることは避けることができない」と考えている経営者の方にお会いすることがあるので、言及いたしました。

2024/8/5 No.2791

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