麦ちゃんの欲

「……でさ。なぜか真っ暗な墓場で後ろから落ち武者が追ってきて、墓場を抜けたら前は断崖絶壁で……。怖かったよー。麦ちゃんん」
 お昼休み。クラスメイトで親友の芽亜がいつものように夢の話をしてきた。
「ホント、芽亜はよく悪夢を見るね。でも悪い夢は人に話すといいって言うし、私が聞いたげるよ。芽亜の夢の話って面白いし」
「ありがとうぅ。麦ちゃん。また聞いてね。麦ちゃんに聞いてもらうとスッキリするんだ」
「うん。でも……授業中に夢見てるのは感心しないけどね。もう高校生なんだし」ぐぅ〜。
「あはは。面目ない。……いま、麦ちゃんのお腹鳴った? 昼ご飯食べてる最中なのに」
「聞こえちゃった? なんか最近、芽亜の夢の話聞いてるとお腹鳴っちゃうんだよね……」
「あはは。夢が食べられればいいのにね」
「ふふふ。なにそれ。私はムギだからね。バクじゃないよ」

 冗談めかしてそんな話を家でもしていたのだけど。……実は私はバクだった。というか、その血をひいた末裔らしかった。
「なにそれ? バクの末裔って。お母さん」
「言葉の通りよ? バクって言っても動物じゃなくて、夢を食べる精霊みたいなものだから、人間とも交われたらしいわね。そうか。先祖返りが、麦に出たのか……」
「えええ? 私、どうなっちゃうの?」
「うーん。わかんないけど、外見が変わるわけじゃないし、夢でお腹がふくれるんなら便利なんじゃない?」「そういう問題ぃ?」

 そんな衝撃の事実があって落ち込んでたのだけど、芽亜もまた何か落ち込んでいた。
「……どうしたの? 芽亜。また悪い夢?」
「麦ちゃん……。そうじゃない……っていうか、悪夢ばっかり見るのはそうなんだけど、それをお母さんに相談したらね……。実は私、夢魔で、先祖返りなんだって。私、悪い夢を作り出して他人に見せる、悪者なんだよ」
「え? そうなの? 実は私もね、バクなんだって。バクバク夢を食べる、なんちゃって」
「む、麦ちゃんも……? それじゃあ、私の悪夢も食べられるの?」
「わかんないけど……。やってみようか?」
「うん! それじゃあ、次の授業で!」
「授業中に芽亜は寝て、私は食事? なんだか悪いことしてるみたいな……」
「このままだと、私が作った悪夢を他人に見せることになるんだから、それを麦ちゃんが食べられるんなら万事解決だよ」
「そうだね。それじゃあ……」
 最初は食べ方がわからなかったけど、すぐに慣れた。やっぱり私、バクなんだ。そして芽亜の悪夢は、おいしかった。もっともっと、夢を食べたい……。
 芽亜も、悪夢を自分の中から外に開放することができて気持ちよかったらしい。
「麦ちゃん、悪夢を放出するの、すっごい気持ちいい!」「私も、夢おいしいっ!」
 ウィンウィンの関係というやつみたいだ。
 その後、あまりに夢がおいしいので私が要ダイエットになってしまったり、芽亜が暴走して悪夢を撒き散らしてしまったりとかいろいろトラブルもあったのだけど、大事にはならず、私と芽亜はずっと親友のままだった。

 それから数年。私はちょっと有名な心理カウンセラーとして、悪夢に苦しむ人たちの助けになっている。
 芽亜は悪夢の放出を原稿用紙の上にすることにして、ホラー作家として活躍している。
 私たち、欲望をコントロールして役立てることができるようになったのだ。
 欲望の制御って、生きていく上で大事なんだよね。でも、たまに思いっきり芽亜の夢を食べたいなぁ。一番おいしいんだもん。

*****

2023/03/06の新潟日報読者文芸コント欄に掲載された作品。
久しぶりに書いて10月頃に送ったのだけど掲載されないので、これは選者と合わなかったかな、百合っぽいしな、などと思っていたら忘れた頃に。
すぐ載ることもあればこういうこともあるのだよな。不作だったときのためにキープしておいたりするのかなぁ。なんてこと言ってちゃいかんか。

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