ずっと好きな人[#2000字のドラマ]
「俺、部活やめる。ごめんみんな。」
全国大会を目前に控えたある日の夜、そう言ってヒガシがダンス場を去った。部員全員に衝撃が走る中、一番泣いたのは彼女のモコだ。
「私たちの大学最後の大会がもう来週だよ?何がいけなかったの?理由を教えてよ。私に手伝えることは何でもするから、戻ってきて!」
モコのラインに返信が来ることはなかった。ヒガシの心は限界を迎えていた。身を休めるために、ヒガシは部内で唯一本音を話せるロイチという少年の家に身を置いていた。
「ヒガシ、せめてモコだけには連絡してあげたら?」ロイチは提案した。 「もう俺は必要とされていないんだよ。俺は4年間、部活の皆を仲間だと思って、そんな仲間と全国一の舞台を作りたくて、頑張ってきた。けど。」
涙が頬をつたいながら、ヒガシは言った。
「皆は俺を仲間だと思っていなかったみたいだ。モコもそうさ。」
積み重なった誤解と価値観の微妙なズレが、最悪のすれ違いを生んでしまった、とロイチは思っていた。しかし何かを説明して伝わる状況ではないくらいヒガシの心が衰弱しているのを感じていた。ヒガシが壊れないように、ただそっと「お疲れ様。」とだけ言った。
ヒガシとモコはそれぞれ男子と女子のエースと言える、高い身体能力と表現能力を併せ持つ部活の中心人物だった。二人は、誰が見ても理想のカップルだった。部活中はお互いをリスペクトし、プライベートではいつも仲が良かった。
ヒガシが部活を去って3日後、ロイチはモコに声をかけた。
「詳しくは言えないけど、ヒガシは無事だから心配するな。いつでもヒガシが帰ってくる場所があるように、今は俺たちだけで部活を引っ張ろう。」
「そっか、無事ならよかった。でもね、もうヒガシのことは考えないようにした。とても辛かったと思うし、こうなるまで何もしてあげられなかったと思うと彼女失格だったなって思ってる。だけどそれ以上に私はもうヒガシに構っている時間がないの。私は夢を叶えるためにここに来たから。だから冷たいと思われるかもしれないけど、私はヒガシのことじゃなくて、全国大会で勝つため、ダンスのことだけを考えたい。」
そう言ってモコは練習に打ち込み始めた。ロイチはモコはもっと弱い人間だと思っていた。しかし目の前にいるモコは、普段の和やかな雰囲気からは想像できないような強い覚悟を全身から醸し出していた。
モコは他の部員と違い、遠く離れた地域からダンスの特別推薦枠で入学してきた。当然、最後の大会にかける思いは誰よりも強かった。3日間考え抜いたが、中途半端に部活を離脱した彼氏を追う余裕はなかった。モコはダンスを選んだ。
モコは、返信のないラインに最後にこう送っていた。
「ヒガシ、今までありがとう。別れても、ずっと好きだよ。」
ーーそれから、ちょうど6年が過ぎた。
ロイチは週末に新幹線に乗って、モコの住む街を訪れていた。
「モコ、久しぶり!」 「ロイチも少しは社会人っぽくなったじゃん〜!」 二人は久しぶりに夜通し会話をした。ダンスの映像を見ながら、お酒を飲みながら、大学時代のことや卒業後の6年のことを語った。時計は、午前2時を回っていた。
「ヒガシと連絡最近とった?」やっと、ロイチはモコに聞いた。
「ヒガシさ、今海外にいるじゃん。3年前かな、ヒガシが海外に行く前に突然連絡が来てさ。私に会いに来てくれたんだよ。びっくりしたけど嬉しかった。」
「どんな話したの?」
「ただ単にお互いの現状話しただけ。私は今地元で高校ダンス部の顧問してるからさ、それを話したら笑顔で『すげえじゃん!全国優勝しろよ!』って応援してくれて。なんか付き合ってる時のヒガシみたいだった。もう『一緒に優勝しよう』、じゃなくて『優勝しろよ!』なんだけどさ。私も海外で仕事するヒガシを尊敬するし、楽しんできてくれたらそれでいい、って話をした。そして、これからもたまに連絡取れたらいいなって。それだけで今の私にとっては十分すぎるエネルギーになってるんだ。」
「復縁したいとかは?」
「私は今もヒガシのこと好きなんだけどさ。もう付き合う事はないと思う。私は今は仕事で成果を出すので精一杯だし。何度かヒガシが部活を辞めたあの場面に戻ったら次はどうするのか、なんて考えたりもしたけど、やっぱり私はダンスを取ると思うんだ。私はやっぱり踊ることが一番好きだから。だから彼氏が苦しい時にダンスを選んだ私には、ヒガシと付き合うなんて考えられない。例え両思いだったとしてもさ。」
ロイチはその言葉を聞いて少し驚いた顔をした後、「俺はそんな君らがず〜っと好きだ。」と笑った。ロイチは今回モコを訪れたのにはきっかけがあった。その1週間前にヒガシから連絡を受けていた。その時ヒガシはこう言っていた。
「俺はモコのことがずっと好きだと思う。だけどもう告白したりはしない。あの時、モコの夢を横で叶える手伝いができなかったから。だからモコのことを幸せにしてあげられる誰かと、将来うまく行って欲しい。」
帰り道の新幹線で、ロイチはスマホに入っていたモコとヒガシの笑顔の2ショット写真を、寝落ちするまでずっと眺めていた。
終わり
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