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38歳、芸大受験してみた。⑦

そうだ、週1回ピアノを習い、そしてレッスンの日は仕事を入れずに受験勉強をする日にしよう。私がそう思い立った頃、たまたま姉も娘(=私の姪)のためのピアノ教室を探していたようで、姪が通う幼稚園に付属の教室に、これまたたまたま芸大卒の先生がいることが分かった。逆言霊信仰のある私はこの時点ではまだ、姉にも受験のことは話していなかったというのに!しかも、姪の幼稚園は私の家の近所。さっそく体験レッスンを申し込んだ。

唐突だが、私は性格が悪い。

習い事、特に個人レッスンにおいて先生との相性が大事になってくるのは性格の良い人でも同様ではあろうが、性格の悪さゆえ相性の合う人がかなり限られてしまうため、英会話教室なども何度となくこれを理由に退会してきた私である。たまたま見つけた近所の教室で相性の合う先生に出会える可能性はかなり低いだろうと思いながら向かったのだが、迎えてくれたW先生の笑顔を見た瞬間、私はここで習うことをもうほぼ決めていた。なんというか、とにかくとっても温かかったのだ。

受験のことを言うかどうかも先生の人柄次第だなと思っていたのだが、笑顔に導かれてごく自然にスルスルと言ってしまったところ、また運命的なことが起こった。なんとW先生、この年に教え子を楽理科に送り出したばかりだったのである!楽理科生なんて毎年20人強しかいないのに、ものすごい確率ではなかろうか。そして先生は、私の無謀な挑戦を笑うことなく応援してくれた、どころかなんだか、すごいすごいと称えてくださった。

これで調子に乗らいでか。

すぐに入会を申し込み、私は10月から「月曜は仕事しない人」になった。そしてピアノの調達という、どんな小さな買い物もすべての選択肢を吟味しなければ決断できない私にはかなりの難関と思われた次なる課題も、受験のことを打ち明けていた数少ない友人のひとりがたまたま電子ピアノを買ったばかりだが使っていないという状況にあったことですぐに解決。何の吟味もすることなく、私はたった4万で新品同様の中古ピアノを手に入れた。

ピアノを手に入れて習い始めてから受験当日までは、ほぼ毎日ピアノを弾いていたと思う。あとから考えると、ピアノよりソルフェージュをそれくらい真剣にやっているべきだったのかもしれないと思わなくもないが、3歳から15歳まで断続的に習っていた経験から、こればっかりは勉強のように短期集中では通用しない、継続するしかないものだという認識があったからだ。20年弾いていなかった重みを噛み締めながら、コツコツコツコツ練習した。

ピアノで落ちることはないと思う。

仕事をしながら毎日1時間ピアノに向かう時間を確保するのは想像以上に大変だったし、それでももちろん思うように弾けるようになんてならなかったが、意外と楽しくもあった練習の結果、いつしかW先生からこんな言葉をいただくまでになった。当然お世辞は込みだろうし、もしかしたら「だからピアノ以外を頑張れ」というメッセージだったのかもしれない。だがこれは、私には素直に嬉しく、充実感のようなものが感じられる一言であった。

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