私の生存戦略について

このNoteは、Hotta Hajime事務局主催の勉強会4回シリーズ、第2回の内容を踏まえて記載しています。

【第2回勉強会の概要】
この不透明な時代におけるAdaptabilityの核となるものは「心理的柔軟性」
しかしこの心理的柔軟性を非柔軟に変えていくものがあり、そのほとんどが、幼少期の親との関係性の中で培われる「生存戦略」に起因している。
その生存戦略に基づく非柔軟の根源を把握し、いかにそんな自分も赦し(ゆるし)ながら、その非柔軟性から解放されるか。
このプロセスと行為は、人生において重大な意味をもつ。


痛みを内包する景色


堀田さんの生存戦略のエピソードを聴いたあと、
自分の生存戦略は?
と、考えた方も多いのではないだろうか。

私が生存戦略を掴むうえで、不可欠な存在はやはり母だ。

10年以上前に他界した母は、ちょっと頼りないけれど
私には常に絶対的な味方だった。
否定、強制、他者との比較など
子どもとして傷つけられた記憶は一切ない。

だから私の生存戦略の根源は
母との直接的な関係性ではない。

私が自分の生存戦略を考えるとき
いつも浮かび上がってくる景色がある。

その景色に内包された痛みが、
私の生存戦略の根源だと思う。

それは
「母が誰かに叱られている」景色。

母は、よく誰かに叱られていた


母は楽天家でマイペース、明るい人だったし
頭の回転は速かったと思う。

一方で、掃除が大の苦手で
しょっちゅういろいろなことを忘れ
お金と時間の管理がうまくできなかった。

普通のオトナが当たり前にできるようなことができず
ちょっとオトナになり切れてない、そんな人だった。
今思うと、何かしらの発達障害があったのかも。

そんな母は、よく誰かに叱られていた。

近所の人のこともあれば、
仕事関係の人のこともあれば、
親戚のこともあれば、
母の友達のこともあった。

父もよく母に対して怒鳴っていた。
これは父の甘えがおおいにあったので、
母に非があるとは必ずしも言えないのだが。

親が誰かに叱られている景色を何度もみるうち
私に醸成された生存戦略とは何だろう。

そして悪魔の声がする


生存戦略として私に沁みついたものは
繰り返し私の人生に影響を与え、
私自身もふくめ多くの人を傷つけてきた。

ある場面で。
ある相手に対して。
あるやりとりの中で。
ある決定において。

私の中に響き渡る、ある声。
悪魔の声だ。

戦え。
打ちのめせ。
相手にわからせろ。

私はその声を聴くや否や、攻撃的になり
過剰にその対象に固執して、
些細なことでも決着をつけようとする。

ときに自分とは無関係な対象にまで及ぶ。

何気なく私に相談したら、私が自分以上に怒り出し
攻撃的になったので驚かれた。
そんなことも一度や二度ではない。

我ながら、意味不明なファイティング物語だ。

思い出せるだけでもけっこうたくさんあるので
機会があれば、漫談としてご披露したいところ。

この生存戦略の正体


母が誰かに傷つけられているという状態は、
子どもの私にとっては、
自分が傷つけられているのと同じだった。

母は
やり返さなかった。
言い返さなかった。

そんな母を私は守りたかったのだと思う。

でも、守り方がわからなかったから
うまく守ることはできなかった。

解消されない痛みは、私の中で情動のように暴れ、
ときに影を潜め、拗らせながら私の中に居座った。

心理的な硬化は止まらず、非柔軟性は厚みを増していった。

ひょっこり現れたおしゃべりな悪魔は、
非柔軟性を良質なソファのように愛してしまった。

年齢を重ねるごとに、悪魔は態度を露骨にして
声は大きくなっていく。

この現象は、35歳で独立するまで続き
そのあとも、悪魔の住処は私の中にあった。


とんだカン違いだった


堀田さんとの仕事やプログラムを通して
私はとっても重大なことを理解した。

この理解は、あまり伝わらないかもしれないが
私のとって人生の転機になるほどのものだった。

それは、母という人は、
実は心理的に柔軟な人であった。
ということ。

母は
やり返せなかったのではなく、
言い返せなかったのでもなく、
時に素直に受け入れ、時にやり過ごしていたのだ。

だから、昭和の時代にありながら
否定、強制、他者との比較など一切せず
自分の信じるものに従って
私を育てることができたのだろう。

未熟な私は、そんな母の柔軟性に気づけず
周囲が母を傷つけている、と自分が傷つき
いつの間にか、誰それ構わず
ファイティングポーズをとってきたのだ。


そして、それでいいのだ


堀田さんは言う。

そんな自分を赦せ。

だから私は自分を赦すことにした。

うまくできるようになったわけじゃない。
でも、周囲の反応は明らかに変わった。

きっと悪魔は退去していない。
折りに触れて、また暴れ出すかもしれない。
傷つけられた人で、私を赦さない人もいるだろう。

堀田さんは言う。

それでいいのだ。
(バカボンのパパの絵を添えて)

悪魔が暴れたら、精一杯対峙してみよう。
傷つけた人がいたら、心から詫びよう。

私自身が、本当の意味で、
自分の人生を掌握しているこの感覚こそが
人生の醍醐味だと思えるから、それでいいのだ。

これが、私の生存戦略のお話。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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Hotta Hajime事務局主催
堀田創の勉強会&スペシャリスト対談
3月2日(木)21:00~22:30
https://us06web.zoom.us/meeting/register/tZwsde6spz0qGtQoTFev01zEzln_5wK_EzoO

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