小説・小丸との日々(第4話・名前)

 家に帰ると、ずぶ濡れのその子をタオルで拭いてやり、ドライヤーで乾かしてあげた。目を閉じて温風に吹かれている姿が愛くるしくて最高にかわいい。
「ふふふっ、気持ちいいかい?」
 この子を拾ってよかったと思った。
 そして、ミルクをあげた。お腹が空いていたのか、ぺろぺろとよく舐める。
「ふふふっ」
 その小さ過ぎる背中を撫でてやる。
「お前は小丸だよ」
 名前をつけてあげた。小さくて丸いから小丸。安直だが、これが一番しっくりくる感じがあった。それに私は、妙に、あの甘辛いお菓子の揚げ小丸が好きだった。
 その日から小丸との同居が始まった。私と小丸との日々の始まりだった。
「・・・」
 しかし、やはり、現実の私に猫を養う甲斐性などない。
「はあ~」
 私は貯金通帳を見つめ、あらためてため息をついた。確か猫といえど、結構お金がかかるというのを何かで見た記憶がある。生涯で二百万円だったか。
「はあ~」
 また、ため息がでる。小丸を拾ったことを、ちょっと後悔した。
「あと一か月分・・」
 本気で生活に困窮してきた。完全に行き詰った。人生詰んだ。人生どん詰まりだった。日々なけなしのお金が消えてゆく。私は猫など拾っている場合ではなかった。
「うううっ」
 精神的にも追い込まれてくる。
「やられたメンタルがさらにやられていくぅ~」
 私はベッドに転がった。
「もうダメだ私ぃ~」
 色んな意味でもうほんとダメだった。
「にゃ~」
 そこに、まだおぼつかない足取りで小丸がやって来た。
「にゃ~」
 そして、私の顔の前まで来ると、ほよほよと私を見つめる。
「ふふふっ、お前が何かしてくれるのかい?」
 私は冗談を言いながら、小丸の小さなピンポン玉みたいな頭を撫でる。
「猫の恩返し、な~んてね」
 なんか一周回って、私は変なテンションになっていた。


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