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外国人学部生でもNASAで働けた話

(写真: NASA)
NASAジェット推進研究所 (JPL)でのフルタイムのインターンが終わりを迎えています。どちらかというと個人の記録として書いていますが、米国籍&永住権(グリーンカード)なしの日本人学部生としての前例はあまり多くないと思います。「外国籍だと(アメリカの) 航空宇宙業界に入れないから」という非常に悲しい理由で航空宇宙分野を去っていく知人を数多と見てきたこともあり(それは間違いではないのですが)、「そんなことも案外ないかもよ」と、どなたかの参考になればと思ってこの文章を公開しようと思いました。

自分語りをネット上でするのは気が引けるため(色々と怖い時世なので)、現在は無料で公開していますが有料に切り替えるかもです。

前提

アメリカの宇宙産業は華々しいですが、永住権(グリーンカード)を持っていない外国籍のエンジニアが入り込むのには困難を極めます。基本的にアメリカ政府と契約を結んでいる企業(勿論NASA自体も)は、(学部・修士卒では)基本的には外国人を雇うケースは(観測範囲では)聞いたことがありません。これにはITARと呼ばれる軍事機密に関わる規制がほぼすべての宇宙機にかけられていることが大きな原因となっています。これを突破する道として、博士課程を修了後にタレントを買ってもらってビザ・グリーンカードを企業に用意してもらう、或いは自分の論文や特許を基にグリーンカードを自己取得する、という方法が存在しますが、いずれにせよ難易度はかなり高いものと認識しています。
例外的なオプションとして存在するのがNASA JPLです。勿論ここにも数多くのITAR規制が存在し、外国人立ち入りが叶わない部署もありますが、ロボティクスなどを中心に「外国籍の人が一定数以上いる」という点で他の大手宇宙系企業とは一線を画しています。
この状況は航空宇宙界隈ではかなり知られている話で、これにならう形で僕も人生の中間目標として「いつかは」という気持ちをJPLに持っていました。

*そのNASA JPL でさえ、現在外国籍の学生が唯一応募可能な常設のインターン枠はJVSRP (JPL Visiting Student Research Program)と呼ばれるもののみになります(昔はpaid のインターンが常設であったようです(詳細不明))。この応募には(1)自分で奨学金・Fellowshipを確保していること(即ちJPLからの給与は原則なし)、(2)正式な応募前にJPLの中でメンターとなる人を確保しインターンの了承を得ること(即ち出来レースを作ってから公式に応募する)、の2点が必要になります。見ての通りかなり厳しい要件になりますが、毎年数~十数名日本がJPLでインターンをしているようです。自分は有難いことに奨学金を頂いている関係で、一つ目の要件はクリアできるという算段がありました。

JPLに入るまで

自分は現在某米国大学の航空宇宙工学部にいます。東京で高校卒業までを過ごし、大学からアメリカの地で航空宇宙を学んでいます。
日本と比べて研究の機会に恵まれている大学で、自分も偶々大学1年次からフィットする指導教員(A先生)を見つけることができ(今年で4年生になりますが未だにお世話になっています)、研究の素地を早い内から身につけることができました。彼がJPLで働いていたことを当初から知っていたので、かなり早い時期から「いつかJPL行ってみたいんですよね」という話はしていて、意図的に布石を敷いていた記憶があります。

幸いなことに、A先生の下で2年生の終わりに一本論文を出すことができました。少なくとも何か実力を裏付けできる何かが手に入ったので、この時点(3年生が始まる直前)で「もしかすると来年の夏(i.e., 3年生の終わり) にJPLを狙えるんじゃないか」という気持ちが出てきました。そこで、彼に「JPL の人と繋げてくれませんか」と再度聞いてみたところ、知り合いのJPLエンジニアB氏を紹介してもらうことができました。

そこからは恐ろしくスムーズに事が進んでいきました。B氏とのビデオ通話を何度か行い自分のこれまでの研究や働きたい研究領域を伝えると(彼はロボティクスの部署で働いていて、僕は宇宙機の軌道設計がしたかったので)、彼は更に別のエンジニアD(今夏のボス)に僕のCVを(折り紙付きで)送ってくれました。Dとした初めてのビデオ通話で「インターン期間はいつになりそう?」ということを聞かれ、面接らしい面接もなく”就活”は拍子抜けなほどにあっさりと終了しました。よく言われる「アメリカの就職ではコネが命」ということを痛感しました。
ことの運び自体はスムーズだったのですが、(形式的な)応募書類の提出や外国人用のNASA側での書類作業(バックグラウンドのチェック)などの関係で、インターンの正式なオファーを貰ったのはインターン開始1か月ほど前でした。「JPLに来ていいよ」とは今年の頭辺りにはDに言われていたものの、オファーレターが全く出る気配がなく不安を募らせていたことを覚えています。(非公式なものを含め) 半年以上に渡るJVSRPの応募プロセスを考えると、3年生の開始直後(前年8月末) から話を始めていて本当に良かったと思っています。

インターンに関して

インターンを始める数か月前に、ボスDから「僕の部署(およびその建物全体)が外国籍立ち入り禁止のエリアな関係で、リモートのインターンしか許可が降りなさそう」というショッキングな連絡がありました。とても簡単に言えば『無給・リモート⇔NASA JPLでのインターン・加えてやりたい分野の仕事』というトレードオフを呑んだ形になります。結局最初から最後までITARに泣かされた訳ですが、幸い軌道設計分野はシミュレーションがメインの分野なため、大きな支障なくインターンを進めることができました。
職務内容は土星の衛星に生命の可能性を探しに向かう探査機の軌道設計で(詳細はまた機会があれば…)、自分が元々希望していた宇宙ミッション設計のど真ん中にいる部署(JPLの中でも、システムエンジニアリング系の部門は各サブシステムからの情報が集約されてくるので、特にITARが厳しい部門な気がします)にてDから多くの知見を吸収することができました。夏の仕事をもとに今後Dと論文も書けそうで、非常にワクワクしています。

最後に

ここまで聞くと「無給かつリモートでしか働けずに、そこまでしてNASAで働きたいの?」という声が聞こえてきそうです。正直、これに対する明確で普遍的な反駁はできません。NASAで土星に行く探査機を作っています、と言うとやっぱりカッコいいですし、(自分なりには)相当長い時間をかけて布石を敷き続けて得た機会でしたが、好条件とは言い難い夏のインターンでした。やりがい搾取と言われればぐうの音も出ないです。正職員としてJPLで働かれている外国籍の方々はどんな修羅場を乗り越えてきたのだろう…と思って仕方ありません。

しかし、これらをすべて踏まえても、自分の中で幼い頃からあったNASAへの夢を(しかも自分がやりたい仕事内容で)成就させることができたのは、何事にも代えがたいものがあると自信を持って言えます。何よりJPLにてつながることができた人脈は、文字通りプライスレスなものです。世界トップクラスの宇宙ミッション設計のスペシャリストと学部時代から仕事ができるなんて、高校卒業時にはゆめゆめ思ってもいませんでした。

凡な結論ですが、恐らく大事なことは人との繋がりを大事にすること、そして一回一回のチャンスに一喜一憂しないことかなと思います。当然成功するとバイアスがかかるもので、この記事でも話が上手く行ったケースだけを話していますが、学会で会って話が盛り上がり「行ける!」と思って連絡したJPLerからメールの返事が全く返ってこなかったり、SNSで直接DMしたJPLerから返事がないなどは日常茶飯事です。寧ろそんなことばかりです。

最後に、今回のインターンは間違いなく環境要因と運の要素が大きく、自分の実力で勝ち取った席などと言う気は微塵もありません。無給であっても生活が回る程度には奨学金を頂いており、なおかつA先生やB氏の伝手で今回の機会を頂けたことは僥倖でした。が、詰まるところ(おそらく日本人では前例が(観測範囲上)ない)「外国人学部生でもNASAで働けた」ということは一つのマイルストーンだと思っており、航空宇宙を志す後身の方々にとって一つの例になればと思っています。数十年かけて地球から向かう土星よりは、NASAはそう遠くなかったのかもしれません。

今後について

(余談ですが…)自分にとってJPLは(現実的には)高校辺りから夢見ていた場所で、人生の中期的な夢だったのですが、いざそれが想定よりもかなり早いステージで叶ってしまい「本当に人生を賭けてJPLで宇宙ミッション設計がやりたいんだろうか」ということについて最近は考えています。勿論仕事に何一つ不自由はありませんでしたし(寧ろ楽しすぎたくらいです)、是非またこの場で働きたいと心から思っていますが、やりたい分野(例えば宇宙機軌道設計)のニッチさも含めて、再考を迫られているように感じます。コンサルタントやソフトウェアエンジニアとして相当額をひと夏のインターンで稼ぐ大学同期達の存在も視野に入りつつ(先日久々に友人達に会ったのですが、景気の良い消費の仕方をするようになったなと露骨に感じました)、「もし来年JPLに戻れたとしても、再度無給だったらどうしよう」という圧迫感があるのもまた、今の正直な気持ちです。どこまで行っても悩みは尽きませんが、自分がしたいことをゆっくり見定めていければなと思っています。


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