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貴重な少数派のあなたへVol.2 ぼくの人生の歩み

なにを書こうかとおもったのですが、まずは自分語りをさせてください。

ぼくはいま26歳なんですが、23歳の頃まで普通のどこにでも居るような、男の子としての生活を送ってきました。

4人兄弟(兄姉兄)の末っ子として生まれたぼくは
幼少期、父親が好きだったこともありサッカーに興味を持ち、地元でも強いとされているサッカークラブに入団しました。入ったのははいわゆるBチームで、練習がすごく嫌いだったぼくはあまり真面目に練習してませんでした(笑)
中学校1年生の時に7年間通ったサッカークラブを辞め、中学校のサッカー部にはいって、サッカーを続けてました。その時は10番をつけて、県の選抜チームに選んでもらえるほどサッカーに熱中してました(相変わらず練習は嫌いでしたが...)。

そして高校生になり、「バンドってすごい!かっこいい!やりたい!」となったぼくはサッカー部の顧問の先生に勧誘してもらってたのにも関わらず軽音部に入部し、高校の3年間を音楽一色で過ごしました。3年生になる頃には部長になって、支えてくれるみんなと一緒に頑張った記憶が今でも新しいです。サッカー部の顧問の先生ごめんなさい。

音楽への興味はそのまま薄れることなく、専門学校はギターを作る専門学校にいって2年間楽器作りに対するノウハウを学び、その経験をもって楽器屋さんに就職しました。

こんな感じで何不自由ない生活を送ってきました。

心の中の不自由を除いては。

小さい時、おままごとをしているのがすごく羨ましかったです。ぼくもかわいいお人形さんが欲しかった。
でも買って貰えなかったぼくは、こっそりお姉ちゃんの遊ばなくなったボロボロのリカちゃん人形を部屋に持ってきて、ひとりで遊んでました。
いっしょにお茶会に参加するメンバーは知らない戦隊の緑だったような気がします。

小学生の時、赤のランドセルが欲しくて、親が黒のランドセルを買ってきた時、本当にめちゃくちゃ泣きました。
あまりにも泣いたので黒のランドセルを返品し、代わりに紺色のランドセルをかってきてくれました。ほんとは赤が良かったけど、黒じゃないだけいいか、と言い聞かせ納得しました。

中学校のとき、なんでぼくは制服がこれなんだろう?って思いました。
あの制服の方が絶対かわいいじゃん!なんでぼくこれなの!?って思ってたけど、思春期の恥ずかしさから言い出すことは出来ませんでした。
サッカークラブではいじめにあい、家族にも言えず1人で苦しみ逃げるように中学のサッカー部に入部しました。

高校の時、じぶんで服を買うようになってはじめて、自分が着たい服が「レディース」なんだと知りました。
勇気をだしてかったレディースの服を着てみた自分を鏡で見た時、自分の体が本当に嫌で、それからはなつでも長めのシャツをきたり、体格の出にくい大きいパーカーばかりを着ていました。

専門学校の時、メイクと出会いました。
でもその時のメイクはいわゆる「V系メイク」で、カッコよく見せるものでした。
男性のメイクも今ほど浸透しておらず、どちらかというと舞台上で映える為という感覚が強かったためか、周りのみんなはそれを敬遠していて、ぼくも仲間はずれにならない為にいっしょになって敬遠していました。

ぼくはずっと、「普通」や「常識」に憧れていました。
普通にいることで、当たり障りなく、平凡な毎日を過ごしたい。そう思ってきました。
だから自分が欲しいものやしたい格好は「変なこと」「おかしいこと」と無理やり決めて、ずっとずっと栓をしてきました。
だれにも心の内を打ち明けられず、でも話す気もなく日々を惰性で過ごしていました。

社会人になった時、そんなぼくにも恋人ができました。
女の子でとても可愛らしく愛嬌のある、素敵な人でした。
冷たい人間だと思われてしまうかもしれませんが、ぼくはそれまで人を心から好きになったことがありませんでした。
何故かというと、ぼくは自分自身の「好き」が、友達としてなのか異性としてなのか、区別がつかないんです。お付き合いをしても、常に不安が募り、ぼくじゃないほうがいいとか普通の人と付き合って欲しいとか、そんな思考がぐるぐる巡ってきてしまうんです。

でもぼくは思いに答えたくて、一生懸命「彼氏」をしました。服装も男の子のものに統一し、髪もバッサリ短く切りました。
そんなぼくにまっすぐ好きという感情を伝えてくれる恋人にぼくはどんどん惹かれていき、1年が経つ時やっと、心から好きだと言えるようになりました。
それから3年ほどお付き合いをした時、ぼくの中でひとつの想いが芽生えてきました。

ずっと胸の内に秘めていたこの気持ちを、この人ならわかってくれるんじゃないかな?


ぼくは悩みに悩んだ後に、恋人に打ち明ける決心をしました。
メイクをし、服装もすこし中性的なものに変え、
恋人にやんわりと打ち明けました。


受け入れては貰えませんでした。


受け入れてもらえる!と思っていたぼくは相当なショックを受け、恋人からの連絡を返せなくなり、全く眠ることができなくなりました。
仕事は何とか行くことが出来ていたのですが、そのあとは真っ暗な部屋の中でじっとしていました。
ふと目に入った鏡に写った自分の姿を見て、吐き気がした僕は部屋中のかがみを割りました。
部屋に少しづつ集めてたかわいいものやレディースの服を全部燃やしました。
ご飯もまともに食べることが出来ず、体重も10キロほど減少していました。

でも、それでもぼくは「普通」を演じていました。

職場では明るく振る舞い、友達の誘いには応じて遊びに行きました。
外食してもすべてトイレに行って戻してしまっていましたが、みんなの元へ何食わぬ顔で戻り普段の自分を装いました。

この時のぼくは、もう生きることは考えてなかったようにおもいます。
生まれ変わりたいとか、この体から開放されたいとか、そうゆうことばかりかんがえていました。

そんなぼくを救ったのは、ひとりの友達がぼくにくれた言葉でした。
その言葉をくれたのは久しぶりに会った高校の女友達で、それまではまったくメイクの話や服の話など一切したことはない人でした。
その日はその子を混じえた3人で遊ぶ約束をしていて、何故かその日のぼくはメイクをしようとおもいました。
といっても薄く薄く、気づかれない程度にするだけです。
遊び終わり、解散することになってみんなが帰っていき、その子と2人で話していた時です。
「メイクしてる?」
ドキッとしました。バレてしまった。
変な人だと思われる。交友関係が終わってしまう。またじぶんの大切な人が離れて言ってしまうと思い、メイクをしようと思った自分を強く後悔しました。

「可愛いじゃん。似合ってるよ」

その言葉にすごく驚きました。
自分自身が傷心だった事があるかもしれません。
何かに縋りたかったのかもしれません。

次の瞬間にこれまでの溜まっていたことを、
本当の自分についてを矢継ぎ早に話している自分に気づきました。
たくさんの話を遮ることなく聞いてくれた友達は、メイクを教えてくれることを約束してくれました。
それだけではなく、こんな色が似合うとか、こんな服が似合うとか様々なことを教えてくれました。

それから、ぼくの生き方は変わりました。
正確には、ぼくの中の「普通」が変わりました。

それから色んなことがあって、ぼくはいまのぼくになることができました。
ありのままの自分に「なった」のです。

きっかけは些細なもので、人によっては全く別の捉え方があったり、友達がくれた言葉が響かない人もいると思います。それが「普通」なんです。

ぼくが今、強く思うことは「普通」というのは憧れるものじゃないってことです。
いままでぼくは心の中で「世間一般の普通というグループから外れているのがぼく」という考えを持っていました。
でもそうじゃなくって、もっと広く、別の視野や価値を見ることが大切だと知りました。

世間一般の普通なんて無いんです。
だってよくよく考えたら、世間というのは全然違う人がたくさん集まって出来たものだから、「普通」というのは、自分に対しての「普通」しか存在しないんだなって思います。そしたら、なんだか道が開けたような気がしました。

なんだ、普通に生きればいいんじゃん。

って。
誰かに認めてもらう必要もないし、認められなければ間違いだってことも無いんです。
自分が好きな事や物が自分にとっての普通でありたい。いまのぼくはそう思います。


女の子らしくありたい、男らしくありたいとか、
カッコよく、可愛くありたいなんかも、
自然体の自分でいることであって、生き方を自分で強制する必要はないと思います。

ぼくはカミングアウトは親にも友達にもしていません。
理由はシンプルです。


ただの自然体のぼくだから。

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