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古典で読み解くフットボールの世界【孫武『孫子の兵法』編】ー 初心回帰?スペシャル・ワンの捲土重来(後編) ー


2021年の夏、ASローマの監督に就任したジョゼ・モウリーニョ。
11年ぶりにカルチョの舞台に舞い戻ってきた際の就任会見で、

『イタリアに休暇に来たのではない。』
『求められているのは、今日や明日の成功といったものだけではなく、将来的に持続可能なプロジェクトだ。将来への遺産を残したい。そのために私がここにいる。』
『“モウリーニョのローマ”などは要らない。“ロマニスタのローマ”でありたいんだ。』
『タイトルを約束するのはとても簡単なことだ。トロフィーは必ずやってくる。だがオーナーたちは、一瞬の成功だけを望んでいるわけではない。彼らはそのレベルに到達し、そこに留まりたいのだ。1勝するのは簡単だが、そこに留まり続けるのはそう簡単ではない。』などと抱負を語りました。

選手の補強に関しては、モウリーニョが過去に率いたビッグクラブとは資金力で大きく劣るローマである為、移籍市場での派手な振る舞いは不可能です。
そこでフリートランスファーやレンタル、移籍金が安く抑えられるベテラン選手へのオファーなどで、モウリーニョ自身のカリスマ性も最大限に活かしながら、低コストで戦力強化を推し進めていきました。

タミー・エイブラハム(チェルシー)、ルイ・パトリシオ(ウォルバーハンプトン)、セルジオ・オリベイラ(ポルト※冬の移籍市場でレンタル加入)らを獲得し、モウリーニョらしい堅守速攻スタイルでシーズンに挑みました。
序盤戦は不安定な戦いぶりを見せるも、中盤戦から導入された3バックシステムの効果で、1月中旬から2カ月半無敗とチームは上向き状態となります。
そして迎えた2022年5月25日の欧州カンファレンスリーグ(ECL)決勝、ローマはフェイエノールトを下して見事に初代ECL王者となり、2008年のコッパ・イタリア優勝以来となるタイトルを手に入れたのです。

ローマをECL優勝に導き、男泣きするモウリーニョ

『今夜は歴史を作るために臨んだ。そして、それを成し遂げたんだ。』
『ローマのファンたちが、今夜の事を永遠に覚えてくれる事を願う。』

試合後の記者会見で、静かに優勝の歓喜を噛み締めながら語るモウリーニョ。
その時、会見場にはしゃぐ選手たちが乱入。
『カンピオーネ!カンピオーネ!オーレ、オーレ、オーレ!』の大合唱。

確かに、かつていたチャンピオンズリーグ(CL)の舞台に比べれば、『オマケ同然の3番目の欧州カップ戦』と軽視されがちなECLは注目度は低いかもしれません。
しかし、近年のプレミアリーグでの失敗で、『もう終わった』と言われ続けたモウリーニョが、自らの手腕が未だに健在である事を証明するには、充分な快挙と言えるでしょう。

2年目にはパウロ・ディバラ(ユベントス)、ジョルジニョ・ワイナルドゥム(パリSG)、ネマニャ・マティッチ(マンチェスター・U)アンドレア・ベロッティ(トリノ)らを獲得し、ヨーロッパリーグ(EL)との両立に耐えられる陣容を揃えました。
執筆中の2023年5月10日時点では、ローマはセリエAでは7位と調子を落としていますが、ELでは準決勝まで勝ち進んでいますので、このままELも優勝するとCL出場権を得ることが出来る為、モウリーニョがCLの舞台に帰って来る事になります。

モウリーニョのキャリアが再び好転の兆しを見せている要因の一つとして、本記事の主題に挙げた“費留”をしなくなったからではないかと思いました。

勝ち点3を得たアウェーゲームからの帰路の特急列車内で、上機嫌にピザを頬張る様子をSNSに公開する程、親しみやすい一面を持つようになったモウリーニョでしたが、本人は決して丸くなった訳ではないのです。

ニコロ・ザニオーロやリック・カルスドルプといった、不甲斐ないパフォーマンスをした選手への懲罰は、相変わらず非情で厳しいですし、ローマ・ダービー敗戦後には審判団やグラウンドの整備業者、更には試合後の記者会見を巡ってリーグ関係者にも怒りをぶちまけた事もあります。


しかし、ビッグクラブを率いるが故に付き纏う、【勝利こそが全て】という強迫観念から解放されて、精神的に余裕が生まれたのだろうか、今のモウリーニョはローマの指揮官として純粋にフットボールを楽しんでいる様にも見えます。
かつて、アウトサイダーだったFCポルトを率いて、欧州カップ戦線を席巻していた頃の初心を、モウリーニョが取り戻したのではないかとさえ思う程。

ローマというクラブの経済力事情を受け入れ、カルチョ文化とも上手く付き合い、費留をむやみやたらに起こす事無く、直向きに名門ローマの復活に尽力するジョゼ・モウリーニョの捲土重来に、期待せずにはいられません。

ー了ー


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