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14号車

「洗剤1つ」
「100円です。はいどうぞ」
 手に取ってみると何か違う。キャンディーだ。
「違います」
「ごめんなさいね」おばちゃんはそう言って、洗剤を手渡してくれた。危ないとこだった。大きさが似ているから間違えたのだ。今度は大丈夫だろう。あれ? これは洗剤じゃない。ひなあられじゃないか!
「あの。これは……」
「えっ。違いました?」
 どうも様子がおかしかった。昨日の売店じゃない。場所を間違えていたのだ。ひなあられを返し、ちゃんとした洗剤と替えてもらう。
「失礼しました」
 そう言って渡されるものは小袋に入った駄菓子に違いなかった。
「あー。やっぱりこれも……」
「あれ?」
「ないですよね。洗剤置いてないですよね」
「確かにおっしゃる通りです」
「もういいです。お金返してください」
 気がつくと売店の周りは軽い渋滞に陥っていた。
「ブーブーブー」
「偉そうな客ねえ」
「絵に描いたようなクレーマー」
「駄菓子の敵だ」
「昭和じゃあるまいし」
 洗剤を求めた末に完全にアウェイの中に置かれていた。
 逃げるように階段を駆け下りた。
 雨だ。ホームに屋根はなくホテルに着くまで打たれ続けた。出発の時間を遅らせて、部屋に備え付けの漫画を読んだ。どんな美しい絵も、勇敢な台詞も頭に入ってこない。心に残るページが訪れることはついになかった。洗剤がないからだ。
 部屋を出て、売店へ急いだ。今度は間違えない。14番ホームの先を左折しなければならない。見覚えのある顔がそこにあった。
「洗剤を1つ。あと切符も」
「どちらまで?」
「えーと……。博多まで」
 財布を開いて既に用意された切符に気がついた。
「やっぱり洗剤だけ」
「100円ね」
 手に取った瞬間、紛れもない洗剤と確信した。
 雨が強くなっている。ホームに屋根はどこにもなく、ずぶ濡れになってしまった。どうせ洗うのだから……。傘は必要ない。出発まではあと4時間あった。


黒猫が顔を出したり戻ったり迷子の多い11号車

真っ白な花嫁さんを出迎える拍手と涙12号車

たこ焼きのソースを絡め乗ってきたおばさま方の13号車

豚まんの風が漂う閉ざされた箱は私の14号車

梅干しの種が転げて始まったフットボールな15号車

裏返るとの輝きを待っている静けさ棋士の16号車

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