【創作note】煙草のないハードボイルド

 まだ平成の頃、煙草を吸っていた時がある。
 求めていたものが体の中に入るものだったのかどうか。今となっては疑問がある。重要なのは仕草だったかもしれないと思う。
 お決まりの仕草は気持ちを落ち着かせる。例えばそれはpomeraに乾電池をセットしてカチッと蓋を閉じる。剣でモンスターを斬ってカチッと鞘に納める。一連の流れ、一つの瞬間が大事だったのかもと思う。

 平成の喫茶店のカウンターには、当たり前のように灰皿が置いてあったものだ。ポケットから煙草を取り出してカチッと点す。さりげなくくわえ息を吸う。唇から指を離す。白く吐く。何も言わなくても何か思索に耽っているようにみえる。緩やかに時が流れる。近づけて離す。繰り返し深い呼吸。心が落ち着く、ような気がする。灰皿に灰を落とす。何もしていなくても、何か考えがあるようにみえる。

 何もせずに何かを演じることは難しい。
 煙草一本あれば、一日を描くこともできるだろう。
「ちょっと一本吸ってきます」
「はいどうぞ!」
 そんな緩い時代もあったという。
 今ではそんな一つの仕草にも、疑いの目が向くようになった。
 便利な小道具も昔みたいには使えない。

#pomera #仕草 #ハードボイルド #喫茶店 #エッセイ

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