フレキシブル棋士

「今日は何を着て行こうか」
 人間誰もが経験する悩みである。


 着ないわけにはいかない。行かないわけにもいかない。だから悩ましい。気に入った服がないならば、まずは気に入った服を探しに行かなければならない。気に入った服が揃ったら準備は完了だ。そこからはコーディネートの問題だ。最も考えねばならないのはコンディションの管理だ。風邪を引いたら大変だ。暑さ寒さが極端な季節はその辺の注意を怠ってはならない。暑さ寒さに見合ったコーディネートを心がけることが肝要であろう。


 その時々の気候について配慮することは当然であるが、道程と目的地のことを両面で考えることが必要だ。その意味で、フレキシブルな発想でコーディネートを実行に移したいものだ。行きはよくても着いたら寒い、帰りはやばいでは困ったものである。
 出かける前に少し先の風景を見通し、一日の中心がどこにあるのかを見極めることだ。行き先はハワイ(イオン)かロシア(古民家)か、近未来を読むことが大切だ。対局室は火星にあるのか、千駄ヶ谷にあるのか。棋士はその辺までは軽く見通している。強い棋士はちゃんと読みが入っているのだ。


 寒さが気になっては良いパフォーマンスが発揮できない。先の先の熱戦を想定し、フレキシブルに調整可能なファッション感覚を身につけておくことが最新形についていく極意であるようだ。そして美濃から銀冠へ、矢倉から雁木へ、中住まいから右玉へ、船囲いからエルモ囲いへと、玉形のファッションのめまぐるしい変化も現在将棋の顕著な特徴である。


 裸の王様では人々の支持を集めることは難しい。いつかは自由を愛する戦士たちによって踏みつぶされてしまうだろう。一分の隙も作らず戦うことは困難だ。思い詰めたままではよい構想は描けないのではないだろうか。時にはネクタイをとき、膝を崩し、気持ちを緩めることも必要だ。
 寒くなったらセーターを着る。暑くなったらセーターを脱ぐ。それこそがフレキシブルな棋士のモダンな棋風と呼ぶに相応しい。

#コラム #ファッション #エルモ囲い #銀冠 #読み切り

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