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スパイ・コーチング

 餅についたきな粉が風に舞って目がかゆくなった。
「おつかれ。ナイス・ピッチング!」
「ありがとうございます」
「次は12年後だからな」
 きな粉を吐きながらコーチが言った。
 えっ?

「10年は何もするんじゃないぞ」
 ゆっくり風呂に浸かるようにとコーチは言った。
 しばらく田舎にでも帰るとするか。国々の温泉を気ままにまわってみるのも面白そうだ。今夜の勝利賞があれば、それくらいはのんびりとできるだろう。夜のネオンも見飽きたところだ。ふるさとから見る星は今でも満天を埋め尽くしているだろうか。

「おつかれ。ナイス・ピッチング!」
 バスの前で監督が声をかけてきた。
「次は火曜日のポメラーズ戦で行くぞ!」
 えっ?
「さっき狐のコーチが……」
 私はコーチから聞かされた長期休暇の件を話した。

「バカヤロー! それは狐に化けた人間だ。絵に描いた餅を食べていただろう」
「ああ、確かに」
 風に舞うきな粉を思い出して鼻がむずむずとしてきた。

「あれはスパイだ!」
「スパイ?」
「そう。4月になると敵が送り込んでくるのだ。いいか」
「はい」
「人間はうそしかつかん。ルール無用の生き物だ。よく覚えておけ!」
「わかりました。覚えておきます」

 セーフ!
 春先は人間にご注意あれ。


#スパイ #温泉 #ターンオーバー #ショートショート




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