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1分将棋の神さま

 君は地獄耳だ。聞きたくもない解説陣の声が入ってくる。「正確に指せば詰みだと思われます」ずっと前からそんなことはわかっていたのだ。「75銀でしょうか」それもある。君好みの手とは違っている。散らした葱が邪魔をしてそれは不詰みとなる。

「ああ、もう負けたよ」対局相手の心の声が耳に入ってきて集中を妨げる。残り10分を切っていた。「63銀が嫌だなあ」それも有力な王手だった。王手は続くが、散らした葱が邪魔をして、最終的に不詰みになる変化だった。流れからいっても勝たなければならない一局だった。しかし詰まさなければ危ない。確実な詰めろで逃げきれるほど余裕ではなかった。

 散らした葱が読みを曇らせている。6筋から8筋にかけて、散らした葱が煙草ほどの長さに伸びて棋勢に干渉していた。「50秒……」とうとう残り3分を切ってしまった。85角。君は第一感の捨て角に立ち返って読みを入れた。(きっとこれしかない)取れば腹金からの詰みがある。問題は横にかわされた時。散らした葱が邪魔をして竜の進出を妨げている。(いったい誰がこんなところに葱を散らしたのだ)それは他ならぬ君自身なのだ! ここに至って君は葱を散らしたことを深く後悔したが、反省している暇はない。

「残り1分です」このままいけば負けてしまうだろう。すべては散らした葱のせいだった。
「50秒、1、2、3……」
 その時、エアコンが急激に働いて盤上の葱を一掃した。それにつられる形で金や銀や大駒たちが盤外へ弾き飛ばされた。あらゆる小駒が後に続いた。最後に王様が自力で盤上から降りた。記録係があっと叫んだ。襖が開いて立会人が飛び込んできた。
「一旦指しかけとします」
 立会人の権限により、予定にない夕食休憩が入ることが決まった。再開は40分後。50秒の秒読みからだ。記録係が葱を拾い集める様子を見ながら、君は勝利を確信した。


敗勢の
一途をたどる
王様に
マジカルな勝ち
筋を送ろう

折句「バイオマス」短歌

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#詰将棋

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