職質の嵐

「何してる人ですか?」

 今何をしているかよりも大事なのはこの先何をしようとしているかだ。なのにみんな今を問いつめることに必死だ。

「勿論、何もしていませんよ」

 まだ先がある。僕はずっと胸を張って未来を見ている。何をするでもなく、わしは死んでいたようだ。それでも死んでからしばらくの間は、誰もそのことに気がつかなかったようじゃ。わしは死んでもなお水を得た魚のように生き生きとしてプレーしたもんじゃ。気が張っているから、不思議と大丈夫だったんじゃ。痛みも負い目も何も感じんかった。死んで気づくことがあるもんじゃな。わしは死後も変わらず現役でプレーし続けておったんじゃ。わしは立ち止まることをいつも恐れておった。恐れがあるとすればそれだけのことじゃった。
 その瞬間に、死がどっと明るみに出てしまう……。
 そんな風に思えたからじゃ。

「今日はおひとりですか?」
 誰かがまた昨日の私を問いつめている。
 今日は昨日は今日は昨日は私は……。
 私は夢を語れない。私はきっと何もしてこなかった。だから、きっと今も空っぽなのでしょう。
「よく来られるんですか」
 よくもない。わるくもない。
 今はここにいる。
 前世と来世の間にほんの少しここにいて許されている。何もしてこなかった過去が今日の空白を作り上げてしまったのでしょう。みんな自分のことは棚に上げて、人に何かの答えを求めてばかりだ。


「犬って何が楽しいの」

 別に決めつけているわけじゃないよ。答えなくなかったら別にいいんだ。そんなに求めているわけじゃない。何か思いついたのなら、教えてくれてもいいんだけど……。こっそりと僕にだけ聞こえるように言ってくれればいい。切羽詰まってきいているわけじゃない。普段から考えているとか、全然そんなんじゃないからね。答えに不自由しているとかいうこともない。それに、僕だって少しは楽しいことがあるんだ。本当に、通りがかりの軽い奴なんだから。

「ああ。いらっしゃい。窓際の席でしょう。わかりますよ。私くらいになるとだいたいわかっちゃう。人混みが嫌いなんでしょう。でも誰もいないところも恐ろしい。それで歩き始めたんでしょう。こんなところまでやってきたんでしょう。こんなところ……。でもまあこんなところでもいいか。こんなところがお似合いか。ふっ、こんなところで何やってんだ。カレーでしょう。カレーでいいかい。それしかないんだから、もういいとか悪いとかそういうことじゃない。チャンネル変えましょう。また負けましたね。わかりますよ。監督が悪いんでしょう。ええ、わかります。もうファンじゃないってこともね。随分遠いところからいらっしゃった。わかります。隠し事が多くてお困りですね。勿論わかってますとも。正義ってのは疲れますね。お客さん」


「君ちょっと。ここで何を?」
 犬に問いかけカレーを食べてたらこんな時間になりましたけど。
「ちょっと鞄の中を見せてもらっていい?」
 ああ。特に何もないけれど。

「これは何?」
 ただのpomeraだけど。

「これはまな板? 何を切るの?」
 違うよ。打つだけだよ。玉葱なんて切らないって。
「これは何? 翼? どこへ飛ぶつもりだ?」
 ああ。それは今から決めるの。
「君ちょっと。開いてみせてくれる?」
 もう、これは見せ物じゃないんだ。何もないんだって。
「で、この先どうするの?」
 どうもしないって。

「どこで売ってるんだ?」
 ジムだよ。

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