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ラルフ・ギブソンが教えてくれた写真のおもしろさ

今回はすこし観念的な話になるが、ちょっとおつきあいいただきたい。

敬愛する写真家ラルフ・ギブソンが、白黒写真の魅力という文脈で、よくこういう意味のことを言う。

いわゆる現実の世界が【等身大、3次元、フルカラー】だとすると、白黒写真は【縮小、2次元、白黒】への3段階の抽象化だ。カラー写真は2段階の抽象化。これら3段階に、多くのドラマが起こるのだ。
https://youtu.be/NzMQcE2E-1o?t=223

ラルフ・ギブソンに私が注目するようになったのは、2009年にタイのバンコクにあるルメルディアン・ホテルに泊まったときだった。

何も知らずにホテルの評判とロケーションだけで選んだのだったが、行ってみると、ロビーの壁に大きな白黒写真がある。それもすごくカッコいい。しかも「Gelatin Silver Print」と書いてある。

部屋に入っても、白黒写真が飾ってある。これはいったい誰の写真だと、くつろぐ前にネットで調べると、ラルフ・ギブソンだった。アートにインスパイアされたホテル、そのコンセプトの中心にいたのが彼であり、彼の写真だった。

その白黒写真は、強く、クリアで、抽象的だ。

その頃(今でも?)日本で流行っていた、ゆるく、淡く、あいまいなカラー写真の正反対にある。

どちらも説明的でない点では共通するが、抽象的で、解釈のおもしろさを喚起する彼の作品と、あいまいで、感情を喚起する日本のカラー写真は、ずいぶんちがう。

(余談だが、ラルフ・ギブソンの作品はどれもフレーミングが見事なので、一眼レフで撮られているのだろうと思っていたが、後になって、レンジファインダーのライカで撮られていることを知った。)

最近よく、写真のおもしろさってなんだろうと、考える。

仕組みとしては、録音や録画とも似ているが、それらとちがうおもしろさが写真にはある。

上記のラルフ・ギブソンの【2〜3段階の抽象化】の指摘も、写真のおもしろさの理由に他ならない。ただそれは、動画にも当てはまることだ。

私は写真には、もう1段階プラスの抽象化があるように思う。それが【動的→静的】という抽象化だ。

いわゆる現実が動的だとすれば、写真は静的。つまり、写真は静止している。

人間がいま持っている記録技術では(そもそもそれ以前に、人間の認識能力からして)、五感のうちの、視覚だけが、静止しているものを記録できるし、認識できる。

音も味も匂いも皮膚感覚も、瞬間を記録し、認識することはできない。録音はそれに近いことができるが、必ず時間軸を使わないといけない。そんななか、写真という媒体だけが、いわゆる現実を時間軸に頼らずに静止させることができる。

3ないし4段階の抽象化。それが写真のおもしろさ(の1側面)なんだろうと思う。

Cover photo by Masato Indo


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