焼き場より/羽虫の散歩のわびしさに

うさぎの耳の中から出てきた羽虫が初めて飛ぶことになったのは一台の霊柩車の中で、その次に飛んだのは窓のわずかな隙間で、その次が新宿に続いている国道だった。彼は標識を見て、その道が都市に続いていることを知った。彼は会ったことのない母を探すための旅をしようと思い立った。そうして、仲間の羽虫や、見知らぬ風の助けを借りながら、国道を新宿へ向かって飛んで行った。

薬指の先に、一匹の羽虫がとまっていた。足は細かな毛に覆われて、複眼は巨大すぎた。僕は息を止めて、力を込めて目を見開き、瞬きもせずに彼を凝視していた。僕の一部を、彼の中に送り込んでいるようにも思えた。視界はぶるぶる揺れた。おびただしい量の涙が僕の眼孔から流れていた。やがて彼は飛び立った。時の流れが、彼の周囲だけ止まってくれればいいのにと思うほど、せわしなく羽を動かしている。

無論、公理のように、彼の計画の一切は失敗に終わった。彼は福島と群馬の県境付近で、烏についばまれて死んだ。彼の肉体も記憶も、烏の中で消化され、つややかな暗黒の羽毛をますます黒くしてから、彼は消滅した。誰も、彼を覚えている人はいなかった。尊い命だといくら祈っても、それを取り戻すことはできないまま、羽虫の僧侶は死に、その母も死に、名もない無数の兄弟たちも皆同様の末路を辿り、羽虫たちの命の曼荼羅は、鼻をかむよりもあっさりと破滅し、何も知らないまま放棄された。

日は出ない。だれもいない正午を必死で走る。白い陶磁器のような死体の肌を踏み越えて。

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