039「くらげ……」

カサゴの棘をひとつずつはがして、小さな籠にいれてゆく。液状化して、人の影まで消えてゆく。人という字を書きつづける。花が咲いている。花の枯れる音は騒がしい。走らなければならない。花さえも。指先に石のある影の形。言葉はつながらないままここにたまっている。便所の前の暗い空間。緑色のほかになにもなく、樫の樹は切りたおされてしまうだろうか……強くなりたい。脳は水のように電気を流している。ぼくはやめるべきだっただろうか? 命のうごめきを惨めなほど必死になってとらえようとする。庭の雑草を、いつまでもぼくは整理できない。命。一匹の虫が、部屋のひなたのなかでもぞもぞと這っている。ぼくは彼の命を命とおもえずにいる。さが、性……人の頭蓋骨でサッカーをしてきて、つまり、愛した人々の命のことも、命とおもえないということ。知らなければよかったとおもう。自動販売機の無味乾燥な音を聞きながら自傷行為がくりかえされる。つらさがある。結論を避けるなら、結局、質問を避けなければならない。徹する。いまは。いまは徹することに質問のつらさがある。せわしない。くらげの姿をくりかえし夢にみる。ぼくは明日、くらげの料理を食べなければならない。定食屋の夕食はすでに予約されていて、変更の余地はないというのが、返答だった。ぼくには理屈がない。月のようなくらげを食べてみることを、「どういうわけか」、体が拒もうとしてしかたがない。ラジオはニュースに合わせられていて、不気味なほど軽快な曲が流れている。世界情勢は気になる。だがそう思ってはならないような気がする。ぼくはラジオを消して寝る支度をするが、立ちあがることができない。ぼくの足はやわらかく、いくら力んでみても、筋肉が硬直する気配がない。ぼくはそのまま、立ちあがれないまま、とうとう体を座った姿勢のまま保つこともできなくなり、液体のように、椅子にもたれかかってゆく。空を見た。天井が見える。くらげは水流がなければそのまま海底に沈んで死ぬのだ。ぼくはますます液体に近づいてゆく。だがこれで、明日のくらげの料理を食べずにすむ。眼球も動かなくなり、横隔膜がとまり、息ができなくなる。定食屋の暖簾がひらめく。夫婦が冬の歌を口ずさむ。

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