空撮:地形:農業土木:天空の溜め池~千代田湖(山梨県甲府市)
地形マニアにとってたまらない場所を、甲府の裏山に見つけた。この場所を見つけてからと言うもの、いつ行こうかと週末の予定が気になって仕方なかった。
実際現地に行って、ドローンも飛ばして空撮もしてきたのだけど、まずはその地形の魅力から説明しよう。
地形マニアの妄想が捗る地形
国土地理院の陰影起伏図を使って解説する。
まず、この千代田湖の位置!
それだけで、もうたまらない。なんでこんなところに湖があるの?
崖っぷち。ほんのわずかな山壁があるだけで、その下は甲府盆地へ一直線に落ちている。ここをちょっと蹴破っただけで下の町が水浸しになってしまいそうだ。実際に起きたら大災害だが - ついそんな妄想をしてしまう。ハラハラドキドキなスリル感が止まらない。
千代田湖のすぐそばに標高点があって560と記されている、標高560mだ。そして、蹴破る妄想をした所から崖の下に目を移すと308とある。直下は標高308m。つまり、千代田湖と盆地との標高差(比高)は250mもあることがわかる。こんな高い崖っぷちに水面がある。これだけで、記事を書いて誰かに教えたくなってしまう。
次に千代田湖がある場所だ。上で見たように、盆地との比高は250mもある。そうした急な崖なのに、上部にはなだらかな斜面が広がっている。この緩斜面一帯は帯那(おびな)という地域で、隠れ里の雰囲気がある。
地すべりの跡かもしれない。
こうした推察も地理マニアにとっては楽しい。
ちなみに帯那の地名は細長い緩斜面の地形に由来していて、帯のように細長い野(那=野)という意味だそうだ。
そして、帯那から流れ出ている川も気になる。
西側には帯那川が流れ出ていて、富士川の支川(支流)の荒川に合流している。
それとは別に、南側からは西沢が渓谷を刻んでいる。西沢は流れ下った先で相川に合流して、その相川も甲府の市街地を流れてやがては富士川に合流する。
甲府盆地から流れでいる河川は富士川だけだから、どちらも最終的には富士川にたどり着くわけだけど、ここで気になるのは逆方向、上流の谷の始まりの部分だ。陰影起伏図を拡大して帯那川と西沢の関係を見てみる。
帯那川と西沢が近くないだろうか。両者を隔てるように尾根(緑色のライン)があるけれども、これはおそらく緩斜面を帯那川が侵食した端っこの部分だ。そして注目したいのは、西沢の刻んでいる谷のシャープさ。谷の始まりの部分を谷頭がはっきりしている。この調子で西沢が谷を刻んで、谷頭が後退していく(上流に向かって進んでいく)と、いつかは帯那川に達して、帯那川の水が全部西沢に流れ込んでしまうようになってしまいかねない。こういう現象のことを河川争奪と言う。
果たしてどうなるか、(地学的スケールでの)将来のことはのはわからないが、そういう地学的妄想をしてしまうくらいに両方の川は近い。
といった具合に、帯那の地形だけでいろいろな妄想ができてしまう。これはもう現地に行くしかない。
西沢の谷は甲府の中心部と帯那を結ぶ交通路として利用されていて、鞍部は和田峠と名付けられている。比高250mを駆け上がる山道だが甲府駅から帯那までは車で15分で行けてしまう。
空撮-天空の溜め池-
早速ドローンで上空から眺めてみる。何度も地形図や陰影起伏図で眺めた場所だけあって、俯瞰で見る景色に馴染みがある。「これぞ、見たかった景色」というやつである。
千代田湖越しに甲府盆地を見下ろす。千代田湖の先で切り落ちている迫力が伝わってくる。
千代田湖と帯那の緩斜面。こちらは一転して、のどやかな景色だ。帯那の地名の由来となった「細長い野」の様子がよくわかる。斜面には棚田が拓かれていて、これらの田んぼも帯那川の水を利用している。
湖面に突き出ている半島部分は、帯那川が削り残した緩斜面のヘリが尾根状になった延長部分だろう。
深い谷を刻む西川と和田峠。右手の小山は白山と呼ばれていて、真っ白な花崗岩の岩塊が露出している。今回は山登りをしている時間がなかったが、絶景のようなので機会があったら行ってみたい。
さて、どうして比高250mの山の上の崖っぷちに湖が存在しているのかという謎であるが、種明かしをすると、千代田湖は人工的に造られた農業用の溜め池である。
千代田湖は昭和8年~12年(1933年~1937年)にかけて建設された。甲府市では近代水道の整備にあたって荒川から取水することにして、明治42年(1909年)に平瀬浄水場の建設に取り掛かった。大正2年(1913年)から水道用水の送水が始まったが、その後、市勢が拡大して水道用水の需要が増えると、従来より荒川から取水していた農業用水を圧迫するようになってしまった。その補償として、支流の帯那川を堰き止めて水を貯めて荒川流域の農地に農業用水を供給するようにした。それが千代田湖である。
帯那の地形は緩く傾斜しているため、溜め池を造るとしたらその一番低くなっている場所、つまり崖っぷちが選ばれたというわけである。
あまりにも崖っぷちだったからというわけではないだろうが、帯那川を堰き止める本堤以外に、丸山(和田峠側)と針原の2か所に副堤(締め切り堤)を築いている。設計した人も、さすがにこの水が溢れるとヤバいと思っていたに違いない。
逆に、散々、地形妄想で河川争奪のことを考えている身からすると、人為的に水位が上がっているから丸山の副堤が破られれば帯那川の水が容易に西沢に落ちていくではないか…などと更に妄想を加速させたりするわけである。
千代田湖の主なスペックは次の通り
面積:26ヘクタール
貯水量:145万m^3
最大深度:13m
帯那川を堰き止めているが、現在は塔岩沢からも取水して水路トンネルで水を導いている。
旧千代田村に建設されたことから千代田湖と呼ばれているが、これは通称で、正式名称は丸山溜め池である。旧千代田村大字帯那字丸山と字針原にまたがっているため、そのうち丸山の字名から名付けられた。
せっかくなので湖畔を少し散策してみた。
訪れたのは、冬の晴れた日の朝。空気も水も澄み切っていた(水に触れてはいないけれども)
千代田湖は、山の上にあって自然があふれているが、甲府の街から15分で来れる便利さもあって手軽なレジャー先になっている。甲府駅近くから案内標識に「千代田湖」の行先が出てきて、迷わずに来れるほどだ。
貸しボート屋があってボート遊びもできるが、それ以上に、千代田湖はヘラブナ釣りのメッカとして太公望には知られている。なんでも「引き」が良く、信玄ブナと呼ばれているそうだ。
千代田湖にボートを出してヘラブナ釣りをする人々。湖面にはロープが渡してあって、そこにボートを固定させてヘラブナを狙う。
奥に帯那川を堰き止めている主堤防が見えている。
丸山の道祖神。甲州らしく丸石神様も祀られていた。
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