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少子化理解に一番大事な指標、合計特殊出生率の誤解と正しい解釈

こんにちは、少子化研究者の茂木良平です。南デンマーク大学というところで、少子化を専門に研究しています。

毎週月曜日に少子化の現状をデータと研究知見を交えて紹介しています。

今回の記事では、合計特殊出生率について詳しく解説¹していきます。

少子化の文脈で一番よく使われる指標で、メディアでもよく使われるています。がしかし、誤解されて使われているケースも多くみられます。単純なようにみえてわかりづらいところもあるので、改めて何を意味している指標なのかを確認していきたいと思います。

合計特殊出生率の式

合計特殊出生率は英語では、Total fertility rateといいTFRと呼ばれます(以下でもTFRと呼びます)。

n:年齢階級区分。扱うデータが15歳、16歳のように1歳階級ごとの場合は1、15~19歳、20~24歳のように5歳階級ごとの場合は5
α:最低年齢。一般的には15歳
β:最高年齢。一般的には49歳
年齢別出生率:x歳の女性からの合計出生数 / x歳の女性数

というように、15歳から49歳までの年齢別出生率を足して求められます。

たまに、合計特殊出生率は結婚した人のみを含む値、つまり結婚した人が平均的に何人の子どもを産むかを示す値だと勘違いしていらっしゃる方もいます。が、結婚した人のみでなく、未婚の人も含んでいる値です。

TFRの優れた点は、各年齢における人口規模を統制しているので、時代や国家間の比較ができるところです。

ピリオドTFRとコーホートTFR

普段、合計特殊出生率とだけ用いられることが多いですが、実はピリオド合計特殊出生率(ピリオドTFR)と、コーホートTFRの2種類があります。

ピリオドTFRとは、ある年に算出されたTFRのことで、例えば日本の2022年のTFRは1.26、などです。メディアで使われるTFRはこのピリオドTFRのことが多いです。

図1:日本のピリオド合計特殊出生率の推移
データソース:Human Fertility Databaseと人口動態統計

コーホートとはあるイベントを同じタイミングで経験した集団のことを指し、コーホートTFRの場合は出生年のことを意味します。例えば日本の1977年生まれのTFRは1.45とかです。

図2:日本のコーホート合計特殊出生率の推移
データソース:Human Fertility Database
注:このデータは44歳までのTFRを算出しているため、1977年生まれのTFRを算出できています。

それぞれのTFRの特徴をもう少し詳細にみていきます。

ピリオドTFR

ピリオドTFRは「女性が生涯産む平均子ども数」を表している、と書かれることがありますがこれは間違いです。

正しくは、「ある年に15歳の女性が49歳まで生存し、その年に観測された各年齢別出生率をそのまま経験した場合の、女性の平均子ども数」です。

もう少しわかりやすく言うと、例えば2020年に15歳の女性が、2020年に16歳の女性の出生率、17歳の女性の出生率、、、25歳の女性の出生率、、、35歳の女性の出生率、、そして49歳の女性の出生率と全く同じ出生率を今後各年齢で経験することを仮定しています。

これは結構大きな仮定です。2020年に15歳の女性と2020年に30歳の女性では歩んできた社会が全く異なることからもわかるかと思います。にもかかわらず、ピリオドTFRは、2020年に15歳の女性が30歳になったときの出生率を、2020年に30歳の女性の出生率を当てはめて計算しています。

これまでにも多くの研究者がピリオドTFRの正しい意味を広めるように論文を書いてきましたが²、ピリオドTFRの正しい解釈は長く、直感的に理解しづらいために残念ながら研究外にはあまり広まっていません。

コーホートTFR

ピリオドTFRとは異なり、コーホートTFRは既に49歳になった人たちがこれまでどのくらい子どもを産んできたか、というデータを基に計算します。そのため、コーホートTFRは「ある年に生まれた女性が生涯に産んだ平均子ども数」を意味し、より直感的です。

それぞれのメリット・デメリット

ピリオドTFRもコーホートTFRもそれぞれメリット・デメリットがあります。

ピリオドTFRはデータが得やすく、最新年の値を示すことができるので今どうなっているかを把握しやすいです。しかし、指標の意味が直感的でなく、あくまで仮想的な値を出しているにすぎません。

一方、コーホートTFRは、指標の意味は「ある年に生まれた女性が生涯に産む平均子ども数」と直感的でわかりやすいのですが、データを集めるのが難しいというデメリットがあります。コーホートTFRはその出生年の女性全員が50歳になるまで算出できないので、2023年時点で最新のコーホートTFRは1973年生まれの値です。

そのため、本当はコーホートTFRで出生行動の変化を解釈したいのだけれど、データが取りずらい&待たなくてはならないので、ピリオドTFRを使って仮想的な値を求めている、という感覚です。

またピリオドTFRにはもう一つ大きな欠点があります。

それは、仮に何らかの理由で子どもを持つ決断を遅らせようという傾向が国民の中で強まった場合、ピリオドTFRはそれに反応してしまい高くなったり低くなったりしてしまうということです。これはテンポ効果と呼ばれます。

表1は列に年、行に年齢を取り、それぞれの組み合わせの出生率を示したものです。

表1:ピリオドTFRのテンポ効果
出典:Preston, S.H., Heuveline, P., & Guillot, M. (2001). Demography. Blackwell publishing.

同じ色が塗ってあるセルを足していくとコーホートTFRが求められ、どのコーホートTFRも5に設定されています。例えば、青で塗られた1930‐1934年を斜めにみてみます。年齢階級区分は5ですから、5 x (0.2 + 0.2 + 0 + 0.2 + 0.2 + 0.2) = 5となります。

各列ごとに計算すると、ピリオドTFRが求められます。1930‐1934年のピリオドTFRは5、1935‐1939年のピリオドTFRも5です。

ところが、1940-1944年は何らかの理由により、15-44歳の全ての女性が子どもを産みませんでした。すると、ピリオドTFRはこれに反応してしまい1940-1944年のピリオドTFRは0になってしまいます。

しかし、またコーホートの視点で斜めに見ると、青で塗られたコーホートの人は、25‐29歳(1940‐1944年)に誰も子どもを産まなかっただけで、30‐34歳も、35‐39歳、40‐44歳も子どもを産み、全体のコーホートTFRは5になっています。

このようにピリオドTFRだけ見ていると、人々の子どもを産むタイミングがマクロレベルのTFRに与える効果(テンポ効果)を判断できません。

これはただの数字のトリックではなく、実際に起きている現象です。例えば、1966年の丙午(ひのえうま)があります。丙午は「丙午年の生まれの女性は気性が激しく、夫の命を縮める」という迷信があり、結果としてこの年に子どもを産むことを忌避し、出生率が下がる傾向にあります。1965年のピリオドTFRは2.16から1966年に1.58と急減し、1967年には2.24まで増加しました。

他にも社会変化に伴い、子どもを産むタイミングを変化させるのは、戦争、経済危機、コロナウイルス、制度の変化などがあり、ピリオドTFRを見る際にはこのテンポ効果の影響は無視できません。

丙午の時は一年のみの変化で、理由もある程度予測がつきやすいためピリオドTFRでも判断がつきやすいですが、上に挙げたような他の社会変化時は、ピリオドTFRの増減が本当に出生率の低下(産む子ども数が最終的に少なくなったから)なのか、それとも単にタイミングを遅らせたり・早めたりしているだけなのか、という区別がつきません。

そのため、「合計特殊出生率が前年に比べて減少」という報道があったとしても、それが何を意味しているかを解釈するのは非常に難しいです。

しかし、テンポ効果を調整したピリオドTFRも提案されています。テンポ効果を調整したピリオドTFRについてはまた次回、詳しく解説したいと思います。

図3:日本のピリオド合計特殊出生率とテンポ効果を調整したピリオド合計特殊出生率の推移
データソース:Human Fertility Databaseと人口動態統計

まとめ

  • 合計特殊出生率(TFR)にはピリオドTFRとコーホートTFRの2種類ある。

  • ピリオドTFRは「ある年に15歳の女性が49歳まで生存し、その年に観測された各年齢別出生率をそのまま経験した場合の、女性の平均子ども数」を意味し、コーホートTFRは「ある年に生まれた女性が生涯に産んだ平均子ども数」を意味する。

  • それぞれにメリット・デメリットあるが、本当はコーホートTFRで出生行動の変化を解釈したいが、データが取りずらい&待たなくてはならないので、ピリオドTFRを使って仮想的な値を求めている。

  • ピリオドTFRの大きな欠点は、人々の子どもを産むタイミングがマクロレベルのTFRに与える効果(テンポ効果)によって反応してしまう。

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1)2023年7月2日の東京新聞の記事で、日本の合計特殊出生率の算出方法がおかしいのでは、という報道がありました。今回の記事ではそれについては扱わないです。これについては別のメディアで受けたインタビューの記事が多分すぐに出るはず?ですので、そちらにまわします。
2)ここら辺の苦労については、例えば岩澤(2002)に見受けられます。

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