見出し画像

「次元の異なる」少子化対策はなぜラストチャンス?少子化対策より人口減少対策が目的かも?

こんにちは、少子化研究者の茂木良平です。南デンマーク大学というところで、少子化を専門に研究しています。

毎週月曜日に少子化の現状をデータと研究知見を交えて紹介しています。

今回の記事では、岸田首相はなぜ「次元の異なる少子化対策」をラストチャンスと言っているのかを考え、そしてもしかしたら政府は少子化課題と人口減少の課題を混同しているかも?という点を整理したいと思います。

岸田首相は2023年1月4日の記者会見で、今年の目標の一つとして「異次元の少子化対策」(その後1月24日の会見以降、次元の異なる少子化対策で統一されている)を行うと発表しました。

のちに、この少子化対策がラストチャンスであると強調したことから、一般誌含め多くのメディアが注目しています。

そもそも少子化とは何か?

合計特殊出生率が、人口を維持するのに必要な水準(人口置き換え水準)を継続的に下回っている状況を少子化と表します¹⁾。

人口置き換え水準とは、親世代と子世代で人口数が維持できるような水準を指し、日本では約2.1です。

合計特殊出生率はその年における各年齢(15~49歳)の女性の出生率を合計したもので求められます。

図1は日本の合計特殊出生率の年次別推移を示しています。点線の水平線は人口置き換え水準で、オレンジ色の線は合計特殊出生率を示します。日本は合計特殊出生率が点線を下回る1970年代半ば以降少子化社会になっています。

図1:日本の年次別合計特殊出生率(1925年〜2020年)
データソース:Human Fertility Databaseと人口動態統計

ここで重要なのは、少子化の指標として重要なのは合計特殊出生率で、「少子化」の漢字から連想される出生数ではないということです。

出生数自体は、今後の人口規模を予測する上で重要な指標ではありますが、上で確認した通り、少子化の定義上、少子化対策の正しい指標ではありません。

以上の前提知識を基に岸田首相の発言や政府の見解を見ていきましょう。

なぜ政府は、これからの少子化対策をラストチャンスとしているのか?

2023年3月17日に行われた岸田首相の記者会見では以下の発言がありました。

「2022年の出生数は過去最少の79万9700人となりました。僅か5年間で20万人近くも減少しています。2030年代に入ると、我が国の若年人口は現在の倍の速さで急速に減少することになります。このまま推移すると、我が国の経済社会は縮小し、社会保障制度や地域社会の維持が難しくなります。2030年代に入るまでのこれから6年から7年が、少子化傾向を反転できるかどうかのラストチャンスです。」

(太字は筆者)

ちょっとこの文章だけだとなぜラストチャンスかはよくわかりません。そこで日本総研のレポートをみてみると、なぜ政府がラストチャンスと考えているかをもう少しわかりやすく代弁してくれています。

「わが国の人口構成を考えると、90年代に生まれた世代が、今まさに出産期に差し掛かっている。少子化といわれながらも、90年代には毎年120万人の出生数があり、その世代は現在20~30歳となっている。(省略)少子化にブレーキをかけるという面からみれば、若い世代が大きく減ることのない今後10年程度は、本格的な少子化対策を講じるラストチャンスと考えるべきである。」

(太字は筆者)

以上からわかることは、政府は出生数の減少を危惧しています。

出生に関わる15~49歳の女性人口数が今後より減少していくと推計されているため、比較的15~49歳人口の多い今から約10年くらいが出生数回復のラストチャンスだ、という論のようです。

この論理には納得できるところもあり、確かに15~49歳女性人口数が多い社会と少ない社会ではたいてい多い社会の方が出生数は多くなりそうです。大げさな例を考えると、15~49歳女性人口が1000万人の地域と100人の地域では、一般的に考えて前者の方が出生数が多いでしょう。

しかし、この論理の気を付けなくてはならない点は、今後少子化が続き、出生率の低下分を移民でカバーしない限り、自動的に15~49歳女性人口は減少していくため、常に「今」が未来に比べて15~49歳女性人口が比較的多い状態になります。つまり、10年後にも同じような論理で少子化対策が「ラストチャンス」と言っている可能性があるということです。

現に、実は今から約20年前の2004年の少子化対策白書にこんな記載があり、(ラスト)チャンス発言は20年前に既出でした。

「わが国の人口構成上、出生率や出生数の回復にとって重要な時期でもある。この好機(チャンス)は、2010(平成22)年頃までであるので、これから5年間程度の期間を逃すことなく、少子化対策にとって効果的と考えられる種々の施策を講じて、少子化の流れを変えていく必要がある。」

(太字は筆者)

少子化対策よりも人口減少対策

政府が暗に少子化の指標としているのは合計特殊出生率ではなく出生数であると考えられます。

出生数そして人口数が減少することで「社会的機能の維持が危ぶまれる」ことを政府はたびたび指摘しています(例えば先の3月17日岸田首相の記者会見)。

ここで言う社会的機能とは、地域社会活動、生産年齢人口(15~64歳人口)の減少による経済力、労働力の確保、社会保障などが挙げられます。

例えば、経済成長率は、a)労働者数の増減率とb)労働生産性の上昇率という2つの要素によって決まります。少子化によりa)の労働者数が減少すると、経済成長率を上昇させるにはb)の労働生産性を労働力人口減少分以上上昇させなくてはなりません。

また、高齢化に伴い社会保障費は年々増加しており、現状の年金や医療・介護保険制度のままでは現在や未来の労働力人口の負担が大きくなることが懸念されています。

確かに、何人の生産年齢人口で高齢者1人を支えるかを示す「扶養係数」を見ると、日本は2023年では2人の生産年齢人口者で高齢者を1人を支えているのが、2065年には1.3人になる予測です。他国と比べても日本の扶養係数は最低で、次がイタリアの2.7人(2020年時点)、ギリシャ・フィンランドの2.8人(それぞれ2020年、2019年時点)となっています。

出生数が減少し人口減少が加速することで、こうした現状の社会的機能の維持が難しくなることは理解できますが、これは少子化課題ではなく、人口減少による課題です。

もしかすると政府にとって一番の懸念課題は人口減少の方なのかもしれません。

人口減少を解決するために少子化対策というのは一理あるのですが、人口減少は社会の問題で、少子化は個人の問題です。そこをうまく認識していかないと成果のある対策は難しいと思います。

少子化がなぜ問題か、についてはこちらで解説してます👇

人口減少と少子化、そして今回は扱っていませんが高齢化はそれぞれ関連していますが、分けて考えるべきです。

まとめ

  • 岸田首相がなぜ「次元の異なる少子化対策」をラストチャンスと言っているのかを考え、そして政府は少子化課題と人口減少の課題を混同しているかも?という点を整理した。

  • 少子化の指標として重要なのは合計特殊出生率であり、出生数ではない。

  • しかし政府は出生数を気にしている。出生に関わる15~49歳の女性人口数が今後より減少していくと推計されているため、比較的15~49歳人口の多い今から約10年くらいが出生数回復のラストチャンスだ、と指摘している。

  • しかし、この論理だと、10年後にも同じような論理で少子化対策が「ラストチャンス」と言っている可能性がある。

  • 政府は少子化対策よりも人口減少対策が第一目的か。

  • 人口減少、少子化、そして高齢化はそれぞれ分けて考えるべき。

この記事をちょっとでも面白いと思ってくれた方は下にある「スキ」ボタン、SNSでのシェアよろしくお願いします。とても励みになります!ご質問はこの記事へのコメント、もしくはtwitterまでお気軽にご連絡ください(全部は返信できませんが、次回の記事の参考にさせていただきます)。また記事執筆やインタビューの依頼はメールアドレスrymo[at]sdu.dkまでお願いします。

少子化に関する他の記事は以下のマガジン(無料です)にまとめておりますので、ご覧にください。フォローもお願いします!


1) 少子化の定義を遡ると今とは異なる定義で使われていた時もあるようです。

サポートしていただいたお金は、研究費に使わせていただきます!