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小説「終末世界のマーキュリー」③

この作品は、連想単語ガチャでランダムに生成された3つの言葉をテーマに描く、いきあたりばったりの物語です。
続きを書いてピリオドを打つかもしれないし、打たないかもしれない。
そんな無責任な作品です。

今回の単語
No.922アイスコーヒー
No.1872ぼたもち
No.6765RIP

エピソードテーマ
No.4213完成品


 クルルの事を思い出したせいか、明け方にうつらうつらとしただけで、うまく眠ることができなかった。
 設定している目覚ましのアラームが鳴ったが、どうにも頭が重たくて起きることができなかった。
 ぼーっとした頭で、起き上がる。
 できることならこのまま昼まで眠りつづけていたかったが、昨日問い合わせがあった取引が今日は待っている。
 怠い体を起こして、ようやっと服を着ると、私はホテルの階下へと降りて行った。

「¡buen día! Desayunar.」

 ホテルのフロント係をしていたおばちゃんが、ニコニコと笑って指をさす。
 テーブルの上には、基礎食の栄養キューブとブルーベリーが盛られた皿が置いてある。
 かつての世界では、国や地域ごとに特色のある文化食があったそうだが、今はこの基礎食の組み合わせが一般的だ。

「gracias」

 私は唯一知っているスペイン語をたどたどしく口にする。おばちゃんは嬉しそうににっこりと笑った。
 私が見慣れた栄養食をモソモソと食べていると、おばちゃんが、深い茶色の飲み物を出してきた。

「これはなに?」

 私が思わずそう聞くと、おばちゃんは何も言わず、飲めというジェスチャーをする。
 私は恐る恐る口につける。
 香ばしい香りと、強い苦みを感じる。
 一瞬その苦みに顔をしかめると、おばちゃんはケラケラと笑って、砂糖を入れてくれた。
 また、おばちゃんが飲めとジェスチャーをするので、私はよくかき混ぜてから飲んでみる。
 苦みと甘みが複雑に絡みあい、不思議と美味しい。
 私はおばちゃんにサムズアップで美味しいと伝えると、おばちゃんはまた、にっこりと笑った。
 おばちゃんが去ろうとするので、私は慌てて翻訳ツールを立ち上げる。

「ありがとう。とても美味しい。この飲み物はなんですか?」
「Cliente, esto es café.」
「『これはコーヒーだ』」
「これがコーヒーなんですね。この飲み物はどうやって作るんでしょうか」
 おばちゃんは、あんまり話したくなさそうに顔をしかめる。
「怖がらせてすみません。私は連合の役人ではありません。ある主人の命令により、コーヒーの買付をしています」
 おばちゃんはそれを聞くと安心したように笑い、話し始めた。
「『なんだあんた、そんなことも知らずに買付をしにきたのか。いいかい、コーヒーの実から種を取り出して、よく炒るんだ。そして豆を砕いて、湯を通すとコーヒーになる。もっとも、今あなたに振舞ったのは、コーヒーチェリーから作ったお茶のようなものだけどね』」
「種と、チェリー?」
 私は、昨日の取引の違和感を思い出す。
 身を割ろうとしたら止められたこと、男が申し訳なさそうにしていたこと。
「『ああ。コーヒーは種から作るんだ』」
 私は、昨日部屋に持ち込んだコーヒーの実をおばちゃんに見せる。
 おばちゃんは、ぐいぐいと実から種を取り出す。まだ生白い実が姿を見せる。
「『これだよ。この実の中にある種がコーヒーの原料になるコーヒー豆だ』」
「コーヒー豆って、この実のことじゃないんですね」
「『一般的に豆と聞くから皆勘違いするんだが、実際は果物の種の部分のことさ。あんた、そんなことも知らなかったのかい』」
「ええ。あまり主人から情報を聞けなかったので」
「『実を持ってるということは、あんた騙されてるよ』」
 おばちゃんは哀れむような声で語り掛ける。
「『一般的にコーヒーは実も皮も捨てて、豆の部分の重さが取引基準なんだ』」
「なるほど。ちなみに30kgほどの実からどの程度の豆が取れるんでしょうか」
「『精製作業をすると、3kgでだいたい300gからよく取れて400g。だいたいそのくらいだろうさ』」
 私はおばちゃんからの答えを聞いて、なるほどと納得した。
 あの男は枝がつき、実がついた状態での取引を提案してきた。
 彼は生成加工を行ってない状態の重さでコーヒーを売買したのだ。
 つまり彼は買付業者に販売する時の10倍以上の金銭を得た。
 知識の差を利用されたことに個人的には若干の悔しさを感じつつも、商人としては彼の優秀さに賛辞を送りたくなった。
 商人にとって、知識は飯のタネだ。
 相手がどこまで・何を知っているかで価格は変わる。彼は、それをよく理解している、良い商人だ。
「『あんた、もしよかったら私の知り合いの加工場を紹介してあげるよ。工賃はかかるが、生の実のまま持ち歩いてたら折角買った実が腐ってしまうよ』」
「工賃はどれくらいかかる?」
「『あんたに悪い思いをしてほしくないからね。安くしておくよう伝えておくよ』」
 おばちゃんが提案してきた金額に一瞬、迷ったが、私はお願いすることにした。
 今まま持ち歩いて腐らせてしまうよりはマシだと思ったからだ。
「おばちゃん、精製所ってこの地域には何件あるの?」
「『大きなところで2か所くらいだね。10kgでだいたい3WUDかかる。皆、実を持ち込んで加工してもらうのさ。』」
 ふむ、と私は考えを巡らせる。
 買付業者は生豆の重さで購入している。実を加工する精製所は別の企業体が担っているらしい。
 つまり、珈琲豆の生産者は、1kgの生豆を生産する為に人件費+加工賃3WUDの原価がかかっている。
 この地域の人件費がどの程度で計算されているかはわからないが、コーヒーの豆1kgを生産して得る収入は3WUD以下。
「ちなみに、精錬ってどの程度の時間がかかるの?」
「『天気がいいときでだいたい2週間くらいかね』」
 しかも入金は2週間先という制限付き。
 なるほど。
 この環境であれば、私は環境の穴を突いてより有利な商談を組めるだろう。
「おばちゃん、かなりたくさんの量を頼むことになるけど、大丈夫かな?」
 おばちゃんは『もちろんだよ』と答える。
 私は「gracias」と言いなれないスペイン語で、感謝を伝えた。
 近い将来、おばちゃんはその答えを後悔しちゃうんじゃないかなぁ?
 まあ、その時はその時だね。

 その日の昼、取引の約束をしていたおじいさんは、私に精錬済みの生豆を30kg買って欲しいと言ってきた。
 私はおじいさんの豆を約束通りの1kgあたり6WUDで購入する。
 ついでに私は聞いてみる。
「もしあなたが、精錬前のコーヒーの実を持っているようだったら、10kgあたり1.5WUDで買わせてもらえない? もしあれば今すぐ払うけど、どうかな」
「『本当かい? 加工なしの実の状態で?』」
「ああ。どうかな?」
「『少し考えてもいいか?』」
「申し訳ないけど、次の取引がある。決めるなら今決めて欲しい」
「『……2WUDは無理だろうか?』」
「ちょっと厳しいね。加工はこっち持ちだよ。1.6でどう」
「『1.9』」
「1.7」
「『1.8』」
「わかった。いいよ。その金額ならギリギリ出せる」
 おじいさんはにっこりと笑うと、裏から人を呼びつけて車にコーヒーの実が入った麻袋を積むように指示した。
 私は1袋1袋検品して、枝を入れて重量をごまかしていないか確認を行う。
 おじいさんは合計で100kgのコーヒーの実を出してきた。
 さすがに車がずしんと沈む。
 ……いったん、加工場に走らせたほうがいいかもしれないなぁ、と思いつつ、うまくいった取引に思わず頬が緩む。
「Gracias abuelo!」
 車から振り返って、おじいさんにそう声をかけたとき、おじいさんの顔もにっこりと笑っていた。


 私はそのあとも、生豆1kg/6WUDの取引と、未加工の実10kg/1.5WUD~2.0WUDの取引を重ねていった。
 宿屋のおばちゃんに紹介してもらった加工場に次々と実を運び込んでいく。
 おばちゃんは加工場に『安くしてあげてほしい』と頼んでくれていたようだが、私は正規の料金でいいと伝えた。
 この作戦は加工場の協力なくしては成立しない。彼らの機嫌を損ねるのは一番の悪手だ。
 加工場と細かく連絡をとりながら、加工の限界量を超えないように調整しつつ、私は取引を続けた。
 そうすると自然に未加工の状態でも取引をしてくれる場所ができたという噂が広がっていく。
 私は自分で取引先を回るのをやめ、加工場に直接搬入してもらうようにした。
 設置した計量器の前に座っているだけで、日に1~2件、取引相手が商品を持ってくる。
 私は計量器の前で検品をし、重量に見合った金額を払うだけだ。その後は加工工場の人が身を搬入し、加工を始めてくれる。
「Gracias!te amo!」
 買付業者が私の存在を察知して、買取価格をほんの少し上げたのを確認する頃、私は「Gracias!」をすっかり言いなれて、その言葉だけは上手に発音ができるようになっていた。


 ふと気づくと1ヶ月以上が経過していて、製造したコーヒーの生豆は、軽く1トンを超えていた。
 いやはや、熱中しすぎたなぁと私は反省する。
 これを自分の家に持って帰るのは、いささか大変すぎると山を見て考え込む羽目になった。
 持って帰れないほど製造してしまったものはしょうがない。必要以上の豆は、買付業者に買ってもらうことにしよう。
 誰も買付業者のもとに豆を持って行かなくなってしまったから、業者たちは価格の吊り上げ競争を行っていた。
 当初、買付業者はコーヒー豆1kgあたり5WUDで買取をしていたのだが、現在の買取価格は約3倍の15WUDに伸びている。
お互いの距離が離れている分、疑心暗鬼が起きやすい。メッセージや電話のやり取りで、お互いを信頼し合えるほどの仲ではなかったようだ。
 まだまだ価格を吊り上げられる気はするが、そろそろ潮時だろう。
 私の存在にうすうす気づいている。

 ここで私が販売して差益を獲得すると、価格が暴落して、私の独り相撲で終わってしまう。
 そんなことしても、面白くない。
 この土地の人が協力してくれたからこそ、私はこんなにも楽しい思いをさせてもらった。
 であれば、彼らに利潤を還元するべきだ。

 私は製造して余った豆を、生産者限定で販売することにした。
 価格は30kg、200WUD。これを買付業者に持っていくだけで、1袋450WUDに化ける。利益は1取引で250WUDだ。
 もし買うお金がない人が居れば、相談してほしいと伝えた。
 村の皆がその話を聞いて、誰かを誘おうと様々声を掛け合っている中、私の前に、枝と実がついたコーヒーの実を売った青年が現れた。
「やあ、元気にしてた?」
 私が軽く話しかけると、青年は申し訳なさそうな顔をしている。
「『すまなかった。あの時は妻が病気で……早く病院代が欲しかったんだ』」
 ああ、よかった。
 私があの時騙されたのは、無駄なことじゃなかったんだ。彼が悪い人ではないという目論見があたって、ほっとする。
「そっか。奥さんは元気になった?」
「『ああ。お蔭様で。でも、君にはすまないことをしてしまった』」
「気にしないで! あなたのお蔭だ。あなたは、私の先生だよ」
 彼はその言葉を聞いて、戸惑った顔をする。
「あなたのおかげでこれを思いついた。あなたには、返しきれない恩がある。この袋を買ってくれ、180WUDで」

 私がそう取引を持ち掛けると、彼は苦笑いをしながら、買っていってくれた。
 私はこれで、彼から180WUDを取り返すことにも成功した。
 得た収入で、奥さんにも彼にも、ちょっとだけいい食事をしてもらえたらいいなと思った。
 彼に騙されたおかげで、このビジネスの形ができたのだから。

 金銭に余裕がある人達がもう1袋買いたいと言ってくることもあったが、それは断った。どうせやるなら、皆が幸せな方がいいと思ったからだ。

 私は袋を買う金銭的余裕がない人を集めて、グループを作るように促した。
 『荷運び隊』と私が勝手につけたグループには、袋をいくつか渡して買付業者と取引をしてもらった。
 売買が成立したら私は200WUDを回収し、残りの収益は全員で頭割り。
 こうすれば、お金に余裕がない人にも、少額ながら収入が産まれる。
 そのお金を何に使おうが、皆の自由だ。

 そんなお祭り騒ぎをしていると、あっという間に加工場の倉庫に山積みにされていた30kgの袋は1つだけになった。
 私は、その袋を車に積み込む。

「ノア、もうすぐ帰るよ」
「久しぶりに呼ばれた気がします。コウ。お祭りは終わりましたか?」
「お祭り? なんのこと?」
「いえ、ここ数日、随分周囲が騒がしかったので、これはお祭りというものが開催されているのではないかと推測していました」
「あはは、違うよ。ただ私たちは――」

 事実そのままを説明しようとして、私は思い直す。
 そうだ。
 まるでそれは、お祭りのようだった。

「いいや……ノアの言う通り。私たちはお祭りをやっていのかもしれないね」
「楽しかったようですね」
「どうしてわかるの」
「あなたとは長い付き合いです。それくらいのこと、わかりますよ」

 その後、私達は今後の予定について軽く打ち合わせだけしておいた。
 船の用意と物資の用意があるからだ。
 詳しい今後のことは、一度海に出てから決めることにした。

 翌日、おばちゃんは、朝食で挽きたてのコーヒーを入れてくれた。
 おばちゃん焙煎の、特製コーヒーである。

「『コウ。コーヒーはね、仕事始めと仕事終わりに飲む。それが一番美味しいんだよ。あんたの旅路に幸運がありますように』」
「Gracias mamá」

 最高の一杯を私は堪能する。

 ――みつけたよ、クルル。あなたに届けたい、最高のコーヒーを。

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