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【演劇台本】謳う死神・古典落語「死神」より

こちらは未上演の演劇台本「謳う死神」の脚本データです。

古典落語「死神」を改変した現代風・怪奇恋愛劇です。
上演時間は30分程度かと思います。

上演の際の連絡は不要です。

タイトルと作・月邑弥生の表記だけお願いいたします。
なお、ご連絡給われましたら、Twitterなどで上演情報の告知をさせていただきます。ぜひご検討ください。

2022.4.15 高崎経済大学演劇研究会さんの新入生歓迎公演で上演いただきました!
ありがとうございます!

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男性:1人

女性:2人

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川の流れる音がする。
微かに出囃子が聞こえくる。
一人、時代錯誤な格好をした女が現れる。

死神「行き交う人の中には、いろいろな人がおられます。幸せそうに歩く人、人の流れに任せて歩く人、そして、地面をうつむいてただただ、歩く人。行き着く先はどれも同じだというのに、誰かと比べ、競うように一人一人が同じ方向へ向かって歩いていく。いやはや、人の流れというものは不思議なものです」

死神「おや、あそこに今、この流れに入ろうかと迷っているお方がおられる。ああ、ずいぶん躊躇っているようだ。これは、声をかければ元の場所へ戻る人かもしれない。そら、ちょいと声をかけてやろうか。……もしもし、兄さん。そこのちょいと格好のいいお兄さん、あんたのことだよ。うつむいて川をみて、一体どうしたんだい」
男「……ああ、すみません。少し考え事をしていたので。往来の邪魔ですね、すぐに行きます」
死神「いいんだよ、すこし、気になってね。悩み事でもあるのかい? 袖触れ合うも他生の縁というだろう? ちょいと私に話でもしてみないかい?」
男「……はあ。実は、ちょっと仕事でしくじりましてね。大きな借金を抱えてしまったんです」
死神「ははぁ。それで、川にでも飛び込もうって思ったのかい?……どうせ川に飛び込んだって、文無しじゃ碌なところに辿り着きゃしないよ……それで? 借金はどれくらいあるんだい」
男「……」
死神「言いたくないってのかい。仕事はどうしてるの」
男「……お恥ずかしながら」

死神「どうもこの男、肝っ玉がずいぶん小さいらしい。話が全く進みやしない。しょうがないから、閻魔帳を少し拝借しよう。ふむふむ、なるほど。この男、随分人が良い性格をしているようだ。小さな会社で人一倍働いていた。横領の片棒を無理やり担がされ、主犯の同僚はドロン。この男は会社と示談に持ち込み、刑事告訴は免れたが、多額の賠償金を請求されている。なるほど、悪いことはしているが、事情が事情だけに、まだ救いはありそうだ。このまま川に流してもいいが……私達も最近随分忙しい。少し、手心を加えてやろうかね」

死神「そうか、仕事がないのかい。なら、いい仕事を紹介してやろうじゃないか」
男「本当ですか!?」
死神「ああ、すまない。あんたの考えているものとは少し違うかもしれないよ。絶対に失敗しない金を稼ぐ方法を教えてやるだけさ」
男「……それって、詐欺とかだったりしませんよね?」
死神「ああ。まあ、……人のためになる仕事さね。回り回って、私も楽になる。どうする? やるかやらないかは任せるよ」
男「話を聞くだけなら」
死神「それでもいいさ。あんたはね、医者になるんだよ」
男「医師免許なんて持ってませんよ」
死神「何も、医者とバカ正直に名乗る必要はない。こう、適当な名前をつけるんだ。サイキックヒーラーとか、スピリチュアルヒーラーとか。そういう類を名乗る」
男「……そんな特別な力なんかありませんよ」
死神「特別な力なんかなくたって、私がちょいと手助けしてやればなんとかなるもんさ。いいかい? あんたは死にかけの患者だけを見るんだ。じーっとね。そしたら、私に似た格好をしたモンが、患者の近くに立っている。もし、患者の頭にそれが立ってたら、そいつは助からない。残念ですがとかなんとか言って、ささっとその場を去るんだ。だがもし、足元にそれが居たら、こう呪文を唱える。アジャラカモクレン、モモ・キビ・ブドウ、テケレッツェのパァ! ってね。そしたら、患者は元気にピンシャンするはずさ。さあ、唱えてご覧」
男「……ええと、あじゃらか、もくれん、もも、きび、ぶどう、てけれっつぇのぱぁ!」

死神、すっと舞台から去っていく。

男「なんだよ。ただ、あっちに行っただけじゃないか」

携帯電話がなる。

男「……もしもし? 知佳? どこに居るって……ああ、ごめん、心配かけて。もう帰るつもりだったんだけど。……え? 母さんが? いや、すぐ向かうよ。うん」

男、舞台をハケていく。
黒子、布団を持ってくる。

知佳「よかった。間に合って。……ずっと連絡がつかないから、どうしようかと」
男「母さんは?」
知佳「今は、眠ってる。お医者さんが言うには、今日が峠だろう、って」
男「……」
知佳「兄さん、ろくにご飯食べてなかったんでしょう。今、用意する。お母さんのそばに居てあげて。今度は、何も言わずにどこかに行かないでね」
男「ありがとう。ごめん」

一人になった男は母をじっと見つめている。
再びかすかに出囃子が鳴り始める。
死神が、すぅっと現れる。顔を伏せている男はしばらくして、それに気づく。

男「あんた、なんで……」
死神「いかでわれ 今宵の月を身にそえて 死出の山路の 人を照らさん」

死神、男に目もやらず、少しずつ頭の方へ歩こうとしていく。

男「まて、まってくれ! あんた、まさか!」

死神、ゆっくりと笑う。男、死神の裾を掴んだりしてその足を止めようとするが、するりとその手を抜けていく。

男「!! アジャラカモクレン、モモ・キビ・ブドウ、テケレッツェのパァ!」

死神、驚いた顔をして、走り去っていく。

男「……はぁ……はぁ……なんなんだ、いったい」
男「! 母さん!? 知佳! 母さんが目を覚ました! お医者を呼んでくれ!」

場面転換

死神「ああ、驚いた。まさかあの男だったとは。まあ、人の縁っていうのはこういう不思議もあるもんさね。……しかしてその男、その翌日から精力的に働いた。介護職で仕事しながら、いろんなところに行ってね。しかし、どうも解せない。他の死神が行くとあの男はあの呪文を唱える。けれど患者のもとに私が現れると、あの呪文を使わず、ずっとこちらを見ている」

死神「どうもそれが気味悪い。まるでずっと、笑っているかのように、こちらを見ている。そしてあの男は、仕事帰りは相変わらず。あの川の畔にいるそうだ。」

川の音が聞こえてくる。

男「いい事を、思いついた」

男、静かに笑っている。

死神「それからしばらくして、あの男の妹が病に伏してしまった」

一組の布団の中に知佳が眠っている。

男「知佳。大丈夫だ。兄さんがそばにいるからな」
知佳「お医者さんは、なんて?」
男「ちょっとした夏風邪だって。粥を作ってみたんだ。夏風邪にはこれがいいらしい」
知佳「ちょっと不思議な味がする」
男「すこし生姜を入れすぎたかな。でも、体にいいらしいから」
知佳「そっか。……ごちそうさま。そろそろ寝るわ」
男「わかった」

男、皿を片付けてくる。そして、妹の足元に座っている。
出囃子が静かに鳴り始める。

死神「いかでわれ 今宵の月を身にそえて 死出の山路の 人を照らさん」

男、喜色を浮かべた様子で死神の歩みを見ている。
死神、ゆっくりと知佳の横を歩く。

男「アジャラカモクレン、モモ・キビ・ブドウ、テケレッツェのパァ」

死神、驚いた顔で去っていく。

知佳「どうしたの? 兄さんなにかいった?」
男「なんでもないよ。お前は僕が守るからね。さあ、粥を、もう一杯」

死神「どうやら男は正気を取り戻したらしい。妹が危なくなって、ようやく私がどういう存在なのかを理解したようだ。度々、妹の具合が悪くなるたびに同じように呪文を唱えていた。そしてそれが、晩夏に差し掛かる頃。とうとう、あの時がやってきた」

知佳「兄さん……お医者さんは、いつ来られるの?」
男「さっき電話したよ。大丈夫。さあ、粥を食べて。少しでも栄養を取らないとね」
知佳「ありがとう」
男「ほら、もう一口」
知佳「もうお腹がいっぱいで……」
男「そう言わず、もう一口」
知佳「……ごめんなさい。もう本当に食べれないの。なんだか気持ち悪くて」
男「そうか。これだけ食べれば十分だろう。さあ、ゆっくりとおやすみ。もうじきお医者さんも来るから」

男「……そう。もうすぐさ。ただ、僕はひと目彼女に会えれば。そうすれば……」

出囃子が静かに鳴り響く。

男「来た! あの人が!」

死神、知佳の頭側から現れる。

男「!? どうして、頭側に! いつもは足側に来てくれるのに!」
知佳「うっ……ううっ……」
男「知佳! 知佳! アジャラカモクレン、モモ・キビ・ブドウ、テケレッツェのパァ!」

死神、ゆっくりと頭のそばにつこうとする。

男「駄目だ。まだ知佳をやるものか! 知佳がいなくなったら僕はどうすれば!」
男「いや、いい。わかった。こうすればいい!!」

男、布団をまくりあげ、知佳を抱きかかえて頭と足の方向を逆にする。

男「どうだ! これであんたは、知佳を連れて行くことはできないだろう!」

死神、男の顔を睨みながら、ゆっくりと知佳の足元から頭へ回ろうとする。

男「ああ……そうだ。もっと見せてくれ。あなたの姿を。こうすれば、あなたにずっと会うことができる!  もっとゆっくり歩いてくれ。あなたに別れの言葉を言わねばならなくなる」

死神、ゆっくりと知佳の腰の方までやってくる。

男「今日もまた、さようならを言わねばならない。アジャラカモクレン、モモ・キビ・ブドウ、テケレッツェのパァ!」

男がその呪文を唱えた途端、死神が襲いかかり、暗転。

水の滴る音がする。
男、目を覚ます。

死神「いかでわれ 今宵の月を身にそえて 死出の山路の 人を照らさん」

男「……ここは……?」

死神「あんた、バカだねえ」
男「あなたは……。ここは、一体どこなんですか?」
死神「さあ。黄泉平坂の途中とも、三途の川の畔とも、人は言うが。名前なんぞ、知ったこっちゃないよ」
男「じゃあ、僕は死んだんですね」
死神「生きてもないし、死んでもない。あんたをただ、ここに連れてきたかったのさ」
男「どうして」
死神「あんたにこれを見せてやろうと思ってね」

 無数の蝋燭が並ぶ映像。

男「蝋燭?」
死神「これは、全部あんたたち人間の寿命さね。ほら、あそこにあんたの妹の名前がある」
男「知佳」
死神「そして、これがあんたの寿命。この1等短くて、今にも消えそうなのがあんたさ」
男「どうして……」
死神「あんたが頭と尻を入れ替えたろう? あれで妹の寿命とあんたの寿命が入れ替わったのさ。バカだねえ。あんた」
男「……」
死神「因果応報さ。私の言いつけを守らなかった罰だね。だが、あんたにこれを教えたのは私の責任でもある。だから、少しばかりの温情をかけてやるよ」
男「温情?」
死神「ほら新しい蝋燭だ。この火をこれに移し替えたら、あんたの名前を蝋燭に彫ってやろう。そうすれば、あんたの寿命はこの新しい蝋燭になる」
男「もし失敗したら?」
死神「死ぬだけさ。早くしなよ。消えちまう」
男「……」
死神「どうした、怖いのかい? 私が手伝ってやろう」
男「死んだら、あなたと一緒にいられる?」
死神「……」
男「教えて下さい。あなたと一緒にいられますか? またこうやって話をすることができるんですか」
死神「……馬鹿な男だよ。だからあんた、妹に毒盛ったんだね。ほら、よくご覧。あんたの蝋燭がほら、消えるよ、消えると死ぬよ。ほぅら、ね」

男、蝋燭が消えていく様子を満足そうに見守っている。
ふ、と、燃え尽きる蝋燭。男が事切れる。

死神「どっちが死神なんだかわかりゃしないよ」


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