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先生、孤独はどこから生まれると思いますか?

るるいぇだよ。
先生っていうのは、わたしの頭の中にいる先生のことです。わたしはいつも一人だと考え過ぎちゃうから、先生に話をするという体裁を保つことで、自分の考えに溺れ過ぎないようにしているの。
ここには、先生との会話の記録を残しています。

孤独は、社会との断絶から生まれると思うんです。わたしは障害者です、まずそれだけで普通の人とは大きく違います。
発達障害の人はできないことが多いのではなく、〝できるけど疲れること〟が多いと言いますよね。でも、疲れてると表に出してはいけないんです。だって、周りはできて当たり前の世界だからです。
疲弊して摩耗して限界ギリギリのところに立っていても、誰も気付きませんし気付かせてもいけないと思います。迷惑になるだけだからです。
一度、取り繕うことができなくて、取り返しのつかない失敗をしました。
だから今度こそ必死で取り繕うんです。わたしはミンナトオナジデスヨ、となんでもないふうに笑います。そんな人の輪にいる時こそ、孤独は雄弁に語りかけてきます。
「お前は出来損ないだよ、いつか必ずボロが出るよ。その時みんな、失望してお前から離れていくんだ。いつだってそうだったろう?……」

作り笑いがいつまで経っても上手くできません。やろうとしていたことをすぐ忘れてしまいます。なくしものなんてしょっちゅうです。乱雑な部屋で、いつも半泣きになりながら探し回ります。
情けないんです。自分が、真っ当な人間でないことが恥ずかしい。自分に余裕がなくて人に迷惑をかけてばかりで、惨めで。

誰も自分のことを認めてくれない、なんて烏滸がましいことは言いません。誰かの役に立つこともできない、誰にとっても疎まれる存在だからです。今まで何度も何度も何度も思い知ってきました。だから、この先もずっとそうなんですよ。
街頭の全くない夜道を一人で歩いている気持ちです。どこへ向かって歩いているのか、わたしにもわかりません。不意に歩みを止めてしゃがみ込んで泣き出したくなります。でも、泣いたところで助けに来る誰かがいるわけでもないことはわかっています。
わたしの旅の伴侶は孤独だけです。

しかしまた、人は一人で生きられない、という言葉もあります。
それは、わたしのような人間には呪いのように聞こえます。わたしは人の情けで生かしてもらえているんだと。それが後ろめたいんです。

先生にはわかりますか?わたしはここまで話してようやくわかりました。
わたしは欲深い人間なんだと。孤独を忌みながら、何も努力せずただ人から求められたいと浅ましく願う、痴れ者です。ああ、わたしはわたしが恥ずかしいです。恥ずかしい。

努力します。もっと人と上手く関係を作れるよう、作り笑いも上手になります。話も聞き上手になれるよう気を付けます。だから……わたしは……。もう遅いよ。どうせ口だけでどうでもいいと投げやりになるよ。ずっとそうだったじゃないか。今更何ができるっていうの?

先生、先生、先生。ノイズが大きいです。うるさい声を消すために先生とお話ししているのに。先生、楽しい話をしましょう。クリームソーダの、アイスクリームを掬って食べるみたいな。
いいえ、もう寝ます。今日は洗濯物をたくさん干して、取り込んで、少し疲れちゃいました。それでは先生、おやすみなさい。

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