話し相手がいる幸せ
会社員時代の話。現場作業員だったので、オフィスにいる時間は少なかった。ただ、入社して1か月くらいの頃、同じ部署の他の社員が全員出張で不在の日があり、そのときは一日オフィスで過ごすことになった。
とはいえ、上司も先輩もいない中で新人ができることなどほとんどない。「参考書でも読みながら勉強してて」とだけ指示され、とりあえず手渡された難解な冊子を写経していた。なんだこれ、僕が生まれる前に発行されたやつじゃん。ま、いっか、カキカキ。
ところでこの会社、社長を含め社員のほとんどが現場に出払っている。そのため、常時オフィスにいるのは事務のお姉さま2人くらいのものだった。
その日のオフィスには、事務のお姉さまたちと僕の3人。それぞれ与えられた仕事を全うしているので、両者に会話はない。一方はカタカタとパソコンを鳴らし、もう一方はサラサラとひたすら古文書を書き写している。
途中、出張先の上司から電話があった。指示内容の確認が主で、さほど時間はかからなかった。
午前の仕事が終わり、昼休みだ。昼食はお弁当を作って持ってきていた(節約中だった)ので、その場でササッと頂く。後半30分は、自家用車の中で昼寝をして過ごした。
午後の仕事が始まった。またしてもパソコンとにらめっこのレディーたちと、またしても写経に勤しむ僕。
夕方になるにつれて、他部署の社員がちらほら帰社してくる。しかし、彼らが僕と話すことはない。それはデスクの配置的に距離があるのもそうだが、どちらかと言うと心の距離の方が大きい。ほとんど面識のない新人、しかも場合によっては自分より年上ということもある相手に、気軽に声をかける者はいなかった。
そんなこんなで、終業時間。残業するような仕事もないので、さっさと帰宅した。
この日、僕がしゃべったことと言えば、挨拶、そして上司との電話くらいのもの。
めっちゃしゃべりたいんだけどー!
え、人ってこんなにしゃべらないで過ごすことあるの!?
むりむりむりむり!しゃべりたい!しゃべりたいよー!
なんだよ140字って!原稿用紙の半分にも満たないし!てかTwitterじゃん!つぶやきじゃん!
車の中で一人発狂しながら、僕は帰路に就いた。
家に到着するや否や、不要な荷物だけ置いて、僕は家を飛び出した。
そして、一目散に繁華街へ繰り出し(このときは都会に住んでいた)、行きつけの飲み屋に駆けつけた。
おしゃべりしよう!
節約中にもかかわらず、人恋しさにタガがはずれ、夜遅くまで飲み散らしてしまった。翌日、二日酔いとなったのは言うまでもない。
この一件でわかったことがある。人はしゃべりたい生き物なのだ。
普段はそんなに口数の多くない僕でさえ、9時間でたった140字しかしゃべらなければ気が狂いそうになるのだ。
人間関係に苦しみ、「もう誰とも話したくない」と心を閉ざす人もいらっしゃると思うが、それはおすすめしない。例外的に、しゃべらなくても本当に大丈夫な人もいるかもしれないが、大抵はしゃべりたいと思っているはずだ。
そんなことをふと思い出したら、今の環境でまったくしゃべらないことがないのは、とても恵まれているなと思う。家には両親がいるし、バイト先でも会話は当然あるし、お店に行けば店員さんと話せる。なんて素晴らしいんだろう。
「人付き合い苦手で~」とか「コミュ障で~」とか言ってるけど、結局好きなのかもな、人と話すことが。
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