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ソーシャリー・ヒットマン⑤

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第5話 ませた少女(後編)


俺は根来内ねらいうち だん。殺し屋だ。

殺し屋と言っても、人を殺めるなんてマネはしないのさ。

俺が殺めるのは……そうだな、「社会的地位」とでも言っておこうか。


俺は今、聖アーチム・イーテ保育園にいる。ここの年長園児である音無火おとなび 天南てんなから、同じく年長の真瀬垣ませがき 菜乃なのをソーシャルヒットしてほしいとの依頼があったからだ。お遊戯会の劇「しめさば姫と108人のオタク」の最中に、子供にも安心して使える薬品「見事にやっちまった下剤Brilliant BleedBriBleブリブリ』」をぶち込む算段だった。

しかし、事態は急変した。天南が菜乃をケガさせてしまい、菜乃が舞台に立てなくなってしまったのだ。強い罪悪感に苛まれた天南は依頼を取り消し、俺に助けを請うた。

ここで助けに応じなければ、ソーシャリー・ヒットマンの名が廃る。ヒットマンの心得の一つ、「情けは人の為ならず、されど人の為に使え」だ。


賀来かく!」

俺はスマホを取り出し、待機させておいたガーリー賀来を呼び出した。このガーリー賀来という男、いやオネエか、普段はヘアーサロン「モヒートで乾杯」(通称「モヒカン」)のオーナー兼スタイリストなのだが、工作員という裏の顔を持っている。今日も190cmの長身と角刈りというエキセントリックな風貌で、俺の仕事を手伝ってくれていた。

「どしたの弾ちゃん」

「緊急事態だ。任務は中止、ケガ人がいるので応急処置をする。すぐ来てくれ」

「わかったわ!」

「それと、『べん取りロンパース』と『はなスタイ』を持ってきてほしい」

「え? そんなのどうするの?」

「いいから早く! 時間がない!」

「わ、わかったわ!」



数分後、救急セットと頼んだブツを抱えた賀来がやってきた。突然現れた奇妙な人物に、二人の女児は恐れおののいていたようだ。が、見事な手際で菜乃の足に応急処置をしている姿がカッコよかったらしく、包帯を巻き終える頃には尊敬の眼差しでオネエを見つめていた。

「はい、これでとりあえずは大丈夫よ。でもしばらく歩いちゃダメね。少なくとも、劇が終わったらすぐに病院に行きなさい」

救急セットを片付けながら、賀来は菜乃にそう告げた。しかし、菜乃は頑として首を縦に振らない。

「いやよ! せっかくしゅやくになれたのに! ママが『しゅやくはつねにやくづくりをするものなのよ』っていうから、てんなちゃんにもいやなたいどしてたのに……」

やはりそうか。菜乃は天南が嫌いになったわけではなく、あくまでも役作りのために普段から高飛車な態度をとっていたのだ。
おそらくだが、菜乃にとって母親はとても大きな存在で、お遊戯会の主演という大役を以って母親に認めてもらいたかったのだろう。

「でもねえ、そんな足で無理に動いたら、将来歩けなくなるかもしれないわよ」

「それでもいい!」

「アンタねえ……」

頑なに舞台へ上がろうとする菜乃。賀来が困っているところに、天南が口を開いた。

「なのちゃんだめだよぉ……」

天南は今にも泣き出しそうな顔だ。菜乃も、さすがに親友の不安そうな表情には勝てないらしい。

「てんなちゃん……もう! どうすればいいの!」

「俺に考えがある」

「え?」

三人が振り向いた。

「賀来、さっき頼んだブツは持ってきたか?」

「え、ええ、ここにあるけど……」

俺は賀来から二つのブツを受け取った。

「時間がないから簡単に説明するぞ。まずこっちが『べん取りロンパース』。こっちが『はなスタイ』だ。菜乃がロンパースを着て、天南がスタイをつける。すると、天南の口から菜乃の発した声が出るようになるんだ」

「どういうこと?」

菜乃と天南はピンと来ていないが、賀来は理解したようだ。

「もしかして、天南ちゃんが代わりに舞台に立って、台詞だけ菜乃ちゃん本人がしゃべる、ってこと?」

「その通りだ」

俺は懐から薬品のボトルを取り出した。

第二の誰か創造薬Create Second of the SomeoneCreSotSクリソツ』だ。こいつに菜乃の髪の毛を3本くらい溶かして飲めば、3時間だけ菜乃の姿になる。菜乃と天南の二人で、しめさば姫を演じるんだ」

我ながら突拍子もない提案だったが、女児たちはやる気を出してくれた。

「わたし、やる! せりふはばっちりおぼえてるから!」

「わたしもやる! なのちゃんのうごきだけならできるよ! それに、わたしのでばんはもうないからだいじょうぶ!」

「よし決まりだ。二人ともすぐに準備してくれ。賀来、着替えの手伝いを頼む。あと菜乃を運んでやってくれ」

「女の子の着替えは絶対見ないんだもんね~。弾ちゃんてば、ほんとに紳士なんだから~!」

「うるさい早くしろ腐れ角刈りオカマ野郎」

「ちょっと! ひどくな~い!?」

俺たちにだいぶ打ち解けたのか、女児たちはキャッキャと笑いながら賀来とともに更衣室へ向かった。



一時はどうなるかと思ったが、劇は無事終了した。その後が少し心配だったが、ほかの園児や保育士は皆ぼへーっとしていたので、問題なく処理できた。

なお、舞台の上の菜乃が実は天南だったことは、俺たち四人しか知らない。このことが公になると面倒なので、天南と菜乃には箝口令かんこうれいを敷いておいた。俺と賀来を除けば「二人だけの秘密」になるので、それが本人たちには嬉しいらしい。

菜乃は、終演後そのまま病院へ行き、挫いた足を治療してもらったとのことだ。賀来の応急処置が完璧だったので、安静にしていれば2、3日で完治するようだ。


翌日、いつもの喫茶店「ラブリーメイドカフェ☆冥土の土産」で待ち合わせた天南とその父・照仁てるひとに再会した。

「ヒットマンさん! なのちゃんをたすけてくれてありがとう!」

満面の笑みで天南が言った。照仁がこれに続く。

「この度は娘がお世話になったそうで、私からもお礼を言わせてください。ありがとうございました」

「これ、やくそくのステッキ!」

天南は、女児向けアニメ「ピーチパイン・ポーキュパイン」の店頭販売限定グッズである変身ステッキを差し出した。これは、依頼の報酬として契約書にもしっかりと明記されてある。が……

「そいつは受け取れない」

「どうして?」

「そいつは、あくまでもソーシャルヒットの報酬だ。今回、お前は依頼をキャンセルした。その時点で契約は破棄されたんだ」

「むずかしいことばわかんない」

「ああ、すまん。つまりだ、俺が助けたのは仕事じゃなくてタダ働き。俺が好きでやったことだ。だから俺はなにもいらん。そのステッキはお前が持っていろ」

このステッキは元々女児向けに作られた商品。健全な女児がピーチパイン・ポーキュパインごっこをするためのおもちゃだから、俺よりも天南が持っていた方が絶対に良い。

それに、子供からしてみれば高級品だ。このステッキを担保にソーシャルヒットを依頼してきたくらいだから、手放すのは相当の覚悟があったはず。


しかし、天南はあっけらかんとしてこう言った。

「えー、わたしもうピチポーピーチパイン・ポーキュパインはあきたからいらないんだけど。いまは『イッタモン☆ガチバトル』のじだいよ。あ! もうイッタモンのアニメがはじまるからかえらなきゃ! パパ、はやくかえろ! じゃあねヒットマンさん」

ババババーッとしゃべり倒してから、天南は照仁とともに席を立った。


「い、いらない……?」

俺が喉から手が出るほど欲しかったステッキを、「いらない」の一言で片づけた天南。そしてそれを容認した照仁。なんて親子だ。

桃をかたどったステッキの先端部分が、切れかけの電池のせいで悲しく光っていた。



社会的殺し屋ソーシャリー・ヒットマン、根来内 弾。
彼は今日もどこかで、誰かを辱めている。




(続く)




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