ソーシャリー・ヒットマン④
第4話 ませた少女(前編)
俺は根来内 弾。殺し屋だ。
殺し屋と言っても、人を殺めるなんてマネはしないのさ。
俺が殺めるのは……そうだな、「社会的地位」とでも言っておこうか。
今日はこれから依頼人と会う約束をしている。
例の喫茶店で落ち合い、依頼を聞く予定だ。
おっと、報酬の話も忘れちゃならねえ。
◇
カランコロンカラン。
午前11時、例の喫茶店にやってきた。
ピンク色の店内。給仕服に身を包んだ小娘たちがいつものように「おかえりなさいませ、ご主人様」と言いながら、俺を席まで案内してきやがった。いつも思うが、なんなんだこいつらは。俺はお前たちのご主人様などではない。俺はこれまで一匹狼でやってきた。そしてこれからもな。だから小娘どもよ、俺をご主人様などと呼ぶんじゃあない。
わかったか? わかったらこの「ベリーキュートプリンセスのラブリーベリーパンケーキ」を一つ頼む。あ、クリームマシマシで。
俺が席に着くや否や、一人の男が近づいてきた。
「あの……あなたがヒットマンですか……?」
男は声を潜めて、周りに気づかれないように話しかけてきた。
「お前が依頼人だな?」
俺が聞き返すと、男は少し困ったような声で答えた。
「あ、いえ、私ではなくて……」
「わたしがいらいにんよ!」
舌足らずな高い声が聞こえた。と同時に、男の背後から少女が一匹、姿を現した。めちゃくちゃフリルのついたよくわからん構造の白いワンピースを着ている。
「おねーさん、『ベリーキュートプリンセスのラブリーベリーパンケーキ』のクリームマシマシをもういっこ! あとパパにコーヒーをおねがい!」
「はぁい☆ かしこまりました、お嬢様ぁ~☆」
テキパキと注文をした後、少女は父親とともに俺の真正面に座り込んだ。
親子は、というか少女は、自己紹介と父親紹介を始めた。
「わたし、音無火 天南っていうの。こっちはパパで、なまえは音無火 照仁。きょうは、ヒットマンさんにおねがいがあってきたの」
他己紹介された父親の方は、娘を見ながらデレデレしてやがる。気弱そうな八の字眉毛に地味な黒縁眼鏡、なんとも言えない茶色のポロシャツになんとも言えないベージュのチノパン。典型的な休日のお父さんファッションだ。
冴えない雰囲気を醸し出しまくりながら、父親は補足した。
「あのですね、娘は聖アーチム・イーテ保育園に通う年長さんなんですが、今度のお遊戯会で懲らしめたいお友達がいると言うんです。私はやめた方がいいと思うんですが、この子がどうしてもと聞かなくて」
大方、娘のわがままに付き合わされているのだろうと思っていたが、この父親の顔を見るとまんざらでもなさそうである。
「あっ、そうですか……それで、依頼というのは?」
俺が尋ねたまさにそのとき、先ほど俺を案内した小娘がやってきた。
いつもそうだが、なんてタイミングの悪い奴だ。くそっ、小娘がなんの用だ。
「おまたせしましたぁ~☆ 『ベリーキュートプリンセスのラブリーベリーパンケーキ』のクリームマシマシ2つとぉ、コーヒーですぅ~☆」
小娘の持っているトレイの上を見ると、志茂田景樹をスイーツ化したようなパンケーキのようななにかがその存在を知らしめていた。それも2個。それもクリームマシマシ。パンケーキの上部は、生クリームやらストロベリーソースやらなんかチョコバナナとかについてるあのカラフルなやつやらがたっぷりと乗っかっている。くそっ、美味そうじゃあないか。
ドンっと皿を置く小娘。この重さ+クリームマシマシが2個じゃあ無理もない。なに味かわからないエメラルドグリーン色のクリームがちょっと俺のシャツにかかったが、それくらいは許してやろう。ただし、次はないからな。
注文したブツが届き、これでようやっと本題に入ることができる。
……ん? なんだ小娘。まだなにか用があるのか?
小娘は両手をハート型にして、なにやらつぶやいている。
……なに? 美味しくなるおまじない、だと?
バカバカしい。前にも言ったが、そんなものあるわけないだろう。俺は騙されんぞ。今回ばかりは、俺はだんまりを決め込ませてもらう。
しかし、思わぬ伏兵がいた。天南だ。
「ヒットマンさん! これをやらないとおいしくならないのよ! ちゃんとやらなきゃだめ!」
保育園児に注意されるなんて、俺もそろそろ年貢の納め時か。
参った。俺の負けだ。しかたねえ、俺も付き合ってやるよ。
「おいしくな~れ! 萌え萌えキュン☆」
◇
「このおんなをやってほしいの」
口の周りをカラフルなクリームでべっちゃべちゃにしながら、天南が一枚の写真を差し出した。
「パパ、わたしこれたべてるから、かわりにせつめいしといて!」
「わかったよ~」
おい照仁よ。「わかったよ~」じゃあないだろう。いいのか、娘にこんなにこき使われて。お前の教育はそれでいいのか。
「天南と同じ保育園に通う真瀬垣 菜乃ちゃんという子なんですが、元々二人は親友だったんです。でも、菜乃ちゃんがお遊戯会の主役に抜擢されてから、天南に対して当たりが強くなったみたいで」
「お遊戯会?」
「そうなんです。『しめさば姫と108人のオタク』という劇をやるんですが、主役の座を天南と争っていたようで。最終的に菜乃ちゃんが選ばれたんですけど、そのことが本人たちの仲を悪化させちゃったみたいなんですよね」
依頼人とターゲットの関係性より劇の内容が気になるが、これは仕事だ。仕事に集中しなくては。
「つまり、真瀬垣 菜乃に恥をかかせてほしい、ということか?」
「そうよ! ほうしゅうははずむわ!」
いつの間にか「ベリーキュートプリンセスのラブリーベリーパンケーキ」のクリームマシマシを平らげた天南が、意気揚々と叫んだ。
しかし、依頼人はこんな少女、いや幼女だ。この俺を満足させるような報酬を用意できるとはとても思えない。
「せいこうしたら、これあげる!」
天南は、バッグからなにかを取り出した。そ、それは。
「『ピーチパイン・ポーキュパイン』のへんしんステッキ! おみせでしかかえないやつだよ!」
なんてこった! 店頭でしか販売していない変身ステッキだと!? 通販サイトArizonaユーザーの俺としては、恥ずかしくて買いに行けない代物だ。そうか、彼女は正真正銘の幼女。正当な顧客であるからして正々堂々とパパにおねだりできるのか!
「おいおい天南、そんなのヒットマンさんが欲しいわけ……」
「やりましょう」
照仁の使わなかったコーヒー用ミルクを飲み干し、俺は言った。
◇
周到に準備を進め、気づけば決行の日がやってきた。
今回の作戦は、保育園の用務員になりすまし、劇の見せ場でターゲットに下剤をぶち込むという実にシンプルなもの。ヒットマンの心得の一つ「シンプルイズベスト、ベストイズシンプル」というやつだ。
ただし、今回のターゲットは幼い子供。超強力瞬間下剤「スターゲザイー」は威力が強すぎるため使えない。その代わりに「見事にやっちまった下剤『BriBle』」を使う。こいつは、子供や年寄りに対応した体に優しい薬品なのである。「モップ型下剤狙撃装置『MoLaSDe』」にも対応しているので、ソーシャルヒット界のユーティリティープレーヤーというわけだ。
保護者でごった返す聖アーチム・イーテ保育園に、難なく潜入。年少が音楽に合わせてはわはわ踊る謎の時間、年中が鍵盤ハーモニカやらカスタネットやらをパッパラタッタカ鳴らす謎の時間が終わり、年長の出し物が始まった。
「しめさば姫と108人のオタク」は、ターゲットの真瀬垣 菜乃演じるしめさば姫が108人のオタクと戦い煩悩を取り戻すという物語で、3時間に及ぶSFファンタジーだそうだ。内容が気になって仕方がないが、俺の仕事はクライマックスでターゲットを失禁させることだ。
待ち時間が長すぎるので、とりあえず控室にいるターゲットの様子でも見に行くか。そう思いお遊戯室から廊下に出ると、どこからともなく子供の泣き声が聞こえてきた。泣き声のする方へ向かうと、女児が二人。依頼人である音無火 天南と、ターゲットの真瀬垣 菜乃だ。
「ヒットマンさぁ~ん」
天南が、この世の終わりのような泣き顔で俺を呼んだ。
「どうした、なにがあった?」
「なのちゃんがぁ~あしをくじいちゃったの~わたしがぶつかっちゃったせいで~……」
どうやら天南は、菜乃をケガさせてしまったらしい。ソーシャルヒットを依頼したとはいえ、元は親友。大切な友達を傷つけたことに対し、強い罪悪感があるのだろう。
一方の菜乃は、プライドが高いのか強がっていた。
「だからてんなちゃんのせいじゃないってば! それに、こんなのなんともないわ!」
しかし、右の足首がぼんぼんに腫れている。これでは舞台に立つことなど到底できないはず。
「お前、こんな足で出るつもりか?」
「こんなのへっちゃらよ! ていうか、おじさんだれ?」
「お、おじさん……」
「なのちゃん……せんせいよぼうよぉ~」
「だめよ! わたしがしゅやくなんだから、わたしがしっかりしないといけないんだから……」
俺が思うに、真瀬垣 菜乃という人間は、実にストイックだ。役作りのために、普段の生活もしめさば姫のようにお高くとまっていたのかもしれない。まだ幼いのに、見上げた役者魂だ。
「ヒットマンさぁん……」
天南は、すがるように俺を見た。
「いらい、とりけすからぁ……だからぁ……なのちゃんをたすけてぇ!」
「わかった。俺に任せろ」
(続く)
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