ソーシャリー・ヒットマン外伝13「蒼き調査は砂糖多めで」
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俺は根来内 弾。殺し屋だ。
殺し屋と言っても、人を殺めるなんてマネはしないのさ。
俺が殺めるのは……そうだな、「社会的地位」とでも言っておこうか。
とある木曜日の午前10時。ここ「ダッシュ探偵事務所」は、今日も平和だ。
俺の仕事は、表向きは探偵となっている。ヒットマンの仕事の話は基本的に別の場所でするので、この事務所はカモフラージュみたいなものだ。
「ダッシュ探偵事務所」という名前は、たまに「脱臭炭探偵事務所」と間違えられるが、個人的には気に入っている。
惜しむらくは、コーヒー用の白砂糖を切らしていることだ。別にブラックでもいいのだが、砂糖7:ミルク2:コーヒー1の黄金比コーヒーが飲みたい。特に、佐藤・野中製糖株式会社の「佐藤・野中の砂糖」が最近のマイブームなのだが、俺としたことが通販サイトArizonaで注文するのを忘れてしまった。大人気商品らしく、気づいたときには在庫切れだ。
まあいい。とりあえず別のメーカーの砂糖を注文した。オプションのガンダ便なら、今日の正午には届くだろう。
ピンポーン。
おや、来客だ。
ここを本物の探偵事務所と思って直接訪問する客は、非常にめずらしい。
ガチャ。
「……あのう……ここって探偵事務所ですよね……?」
20代後半くらいの若い男が、おどおどしながら立っている。なんだこの自信のなさは。もっと堂々とすればいいじゃあないか。まあ、俺のあふれんばかりのオーラに気圧されたのであれば、こちらにも非があるというものだが。
とにかく客は客だ。俺はこの男を応接セットに案内した。
「……ぼく……こういう者でして……」
ソファーに座るなり、男は名刺を差し出した。
そこには、
「ワールド・ブルー株式会社 いらっしゃいませ部 砂糖とミルクおつけします課 蒼友 勇」
と書いてある。
「えーっと、『ソウトモユウ』さん」
「……『蒼友 勇』って読むんです」
「失礼。それで、今日はどういった要件で?」
「……探してほしい人がいるんです」
「人探し?」
ソウトモは、一枚の写真を差し出した。おそらく数年前の、ワールド・ブルー株式会社の入社式の様子だ。
その中の一番端に写っている、ひときわ具合の悪そうな顔面蒼白の女性社員を指して、ソウトモは続けた。
「……この人の名前は蒼座 メル……ぼくの同期で……好きな人です……」
おい。なんだ、なんだよ。おのろけか。おのろけなのか。はいはいそうですか。おのろけですかそうですか。
「……彼女は……昨年度までお先します部の所属でした……今年の4月、いらっしゃいませ部レジ袋ご利用になります課に異動してきて……隣の課ということもあって顔を合わせる機会もあって……いつの間にか仲良くなって……」
おい。本当にのろけ出したぞこいつ。俺はお前のどうでもいいおのろけ話を聞いてやるほど暇じゃあない。
「……でも……最近彼女が急に忙しくなったみたいで……同じ会社で隣の課にいるのに……今は全然会えないんです……姿も見えなくて……だから彼女がなにをしているのか調べてほしいんです……」
おい。
おいおいおいおい。
ソウトモよ。それはお前、あれだ、きっと心変わりしたんだ。レジ袋ご利用になります課にもっと魅力的な男でも見つけたんだろう。そんなジトジトした表情をしているから、彼女に愛想を尽かされたんだよ。知らんけど。
ていうか、なんなんだこの依頼は。こんなこと探偵に頼むんじゃあない。
この依頼をどう断るか考えていると、ソウトモは報酬の話を切り出した。
「……調べてくれたら……依頼料にこれをつけます……」
ソウトモは、おもむろにカバンからなにかを取り出した。
そ、それは。
「……取引先である『佐藤・野中製糖株式会社』の商品カタログです……『佐藤・野中の砂糖』も……確実に注文できます……」
「やりましょう」
ブラックコーヒーを飲み干し、俺は言った。
◇
ソウトモが帰った後、俺は調査計画を作成することにした。まずは、蒼座 メルの情報を集めないとな。
ソウトモの話だと、彼女もワールド・ブルーの社員で、今年の4月にいらっしゃいませ部レジ袋ご利用になります課に異動してきたと。
昨年度までは、お先します部の所属だったと。
ん、お先します部って確か……
◇
「蒼木部長、お客様です」
ここは、ワールド・ブルー株式会社の本社ビル。俺は、お先します部の部長・蒼木直樹に会いに来た。
お先します部の入口で若い男性社員に要件を伝え、取り次いでもらった。
まさか、蒼木に頼ることになろうとはな。
蒼座 メルが3月までお先します部にいたのなら、蒼木がなにも知らないはずはない。ヒットマンの心得の一つに「旅は道連れ世は情け、仕事は俺に任せとけ」というものがある。この世界ではヒットマンではないにしても、蒼木がこの精神を忘れていなければいいのだが。
空いている会議室に通され、蒼木と二人きりになった。
「お前がここに来るとはな」
蒼木はニヤッと笑った。
「聞いたぞ。御八堂と喫茶 花の新作スイーツの試食をしたんだって?」
「御託はいらん。本題に入らせてもらう」
「相変わらずだな。まあいい。それで、今度はお先します部のだれかがターゲットなのか?」
「いや、今日は探偵業の方で来た」
「ほう?」
「蒼座 メルという女を探している」
「ああ、3月までうちにいた子だよ。今は、いらっしゃいませ部レジ袋ご利用になります課だったはずだが」
「知っている。だが、最近姿を見せないと聞いてな。いらっしゃいませ部に伝手がないんで、お前に協力してもらおうと思った」
「なるほど。ちょっと待っててくれ」
蒼木は席をはずし、会議室を出ていった。
そして数分後、数枚のコピー用紙を持って戻ってきた。
「蒼座 メル、蒼座 メル……っと。あれ? 先月から『スットン共和国支社に出向』ってなってるぞ」
「『スットン共和国』?」
「彼女、日本とスットン共和国とのハーフなんだよ。母親がスットン共和国出身で、スットンの民俗芸能・ヨーフクダンスの講師をしているらしい。彼女自身もヨーフクダンスのインストラクターの資格を持っていて、それが蒼社長の目に留まったんだな。そして、蒼社長の『ヨーフクダンスを日本に広めたい!』という鶴の一声で、本社からスットン共和国への出向が決まり、出向者には彼女が抜擢されたと。あまりにも急な出向だったから、表向きは『スットン共和国のレジ袋利用実態調査』ってことで、人事異動はなかったようだな」
「そういうことだったのか」
蒼座 メルはスットン共和国へ出向中。欲しかった情報は手に入れた。任務完了だ。
「忙しいところすまなかったな。礼を言う」
「どういたしまして。ところで、風の噂で聞いたんだが……」
「なんだ?」
「宣伝部の蒼衣 瞳って子が、急に退社してな。ちょいとクセのある子だったから周囲は手を焼いていたんだが、なにか恐怖から逃げるように去っていったそうだ。お前、なにか知らないか?」
蒼木よ。お前のその質問は、確信を持っているんだろう。
「……さあ?」
俺はニヤッと笑った。
社会的殺し屋・根来内 弾。
彼は、自分の仕事に誇りを持っている。
(続く?)
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