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[小説・ユウとカオリの物語]共通点

「いらっしゃいませ」
予想外に、かわいらしい声に迎えられた。

カウンターの女性は、わたしを見ると弾んだ声で言った。
「わぁ~、カオリさんだ!何年ぶりだろう。変わりませんね。最近ちょくちょく入ってるんですけど、なかなか会えませんでしたね。マスターは今ちょっと出かけてるんです。」

「ナナちゃん!!またバイトに来てるのね。会えて嬉しいな。」マスターの姪である彼女は、学生時代ここでアルバイトをしていた。卒業して就職したと聞いていたけれど、そっか、戻ってきてるんだ。

「お一人ですか?」

「もちろん。わたしは相変わらずのおひとりさまよ。今日はちょっとしたパーティーがあって、その帰りのクールダウン。大勢人のいるところはやっぱ疲れちゃう。シーバスをダブルでお願いね。」

彼女は品よく静かに、ロックグラスを差し出しながら言った。
「残念、件の彼女は一緒じゃないんですね。」
ああ、マスターか。。まったく、どんな話になっているのやら。やれやれ。。

「そんなんじゃないのよ。彼女は今、わたしの生徒。超優秀で教えてて楽しいわよ。マスターはどうしても色事にしたいみたいでね、恋愛は卒業したんだって言っても、聞いてやしない。ま、わたしは勘違いされたままでも構わないけれど、彼女にはいい迷惑よ。10歳も年下だもの。」
ため息交じりに言うと、ナナちゃんはプッと吹き出して言った。
「マスターって、勝手に突っ走るところありますもんねぇ。。でも、やっぱり会ってみたいな。生徒さんなら定期的に会うんですよね。今度、誘って来てくださいよ。」

いやぁ、生徒を誘うってなかなかできないのよ。だって、誘われたら嫌でも断れないでしょう?
心の中でそうツッコミながら、ユウのことを思い出していた。

ユウは月1回のペースで個人レッスンに通ってきている。初回でわたしは、とても驚いた。感性が鋭い。<砂が水を吸うように>という表現がぴったりな生徒に、わたしは初めて会った。わたしが伝えたいことがそのまま伝わる。それはレッスン内容に限ったことではなくて、雑談についても言えることで、わたしはつい、しゃべり過ぎてしまう。レッスン内容以外の話で時間をとってしまい、終了が遅くなるので「申し訳ない」と謝ったら、ユウはびっくりした顔をした。
「ええっ!僕の方こそいいのかなって思ってるんですよ。だって、カオリさんの話って興味深くて、お得ですもん。」

ああ、そうだった。ユウは最初からこうだった。あの約束の日、わたしが普段ではありえないくらいおしゃべりだったのは、ユウがわたしの話に興味津々で、目がキラキラしてたからだ。

話していると共通点がたくさんあった。仕事の分野もそうだけど、詩を書く趣味があったりとかね。彼女の話を聴いていると、昔の自分みたいだなって感じるところもいくつかあって、そのうち話してみてもいいなって思った。
「共通点はもっとあるのよ。」
共通点・・追々話すと面白そうなことはいくつかある。けど、ひとつ話さないだろうなっていうことはある。別段隠しているわけじゃない。隠す必要もないと思ってる。けど、わざわざ言う必要のないことだし、たぶん言わないだろうな。

そう、思ってた。

やれやれ、だ。あのときのわたしに言ってやりたい。「ほんとは言いたいんでしょ?知ってもらいたいんだよね?」ってね。でなきゃ、「共通点はもっとあるのよ。」なんて『わざわざ』口にしなかったはず。抑制している無意識は、なんらかの形で姿を現す。

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