童話ー風吹きの子ー
どこからか遠くの空の上では、小さな子どもが口をとんがらせて風を吹いていました。
もうすぐ春だというのに、暖かい風は小さいままです。
隣では、厚手のコートにマフラーを巻いたおじさんが、パイプを片手にふーっと息を吐きました。
煙のようにふわーっと広がると、地面の上では冷たい風に変わりました。
「ねー、おじさんは、どうやってそんなに上手に風を起こせるの?」と、子どもが訊ねます。
「さぁ。もう風を吹いて、何十年にもなるからねぇ。」と、おじさんはパイプを揺らしながら言いました。
小さな子どもは、おじさんの持っているパイプを見つめながら、何も持っていない手を後ろポケットに入れました。
子どもとおじさんのいる場所は、冷たい風も無く、でも特別暖かな風が吹くわけではありませんでした。
ですが、地上の風はこちらから暖かいのと冷たいのとを送らなければいけません。
冷たい風が吹けば、水は冷たく美味しくなり、果実は栄養を蓄えます。山の木々は寒さに耐えるために丈夫になり、いくつかは葉の色を変え化粧します。動物たちは寒い季節を肌で感じ、夜は身を寄せ合って心を温かに過ごします。
それでも、いつまでも寒いままでは大変です。
いつまでも冬でいては、全ての水はいつか凍ることでしょう。海さえも、氷の陸となるかもしれません。草花は、せっかくの種を冷たい土の上には落とせません。動物たちは、次第に寒さに耐えることに疲れてしまいます。
だから、暖かい風を送らなければいけません。
暖かい風は氷を溶かし、緑を増やし、花は咲き、動物たちは春の大地を喜び駆けていきます。
どれだけ喜び与えるもので、それがどれだけ大切なことか、小さな子どもにも分かっていました。
「おじさん、教えて欲しいんだ。どうやったら上手く風を吹けるのかな?そのパイプを使ったら、僕でも沢山の暖かい風を吹ける?」
「これは大人のものだから、君には貸せないけれど…何か代わりになるものを、作ってみたらどうだい?」
大人のもの、と言われた子どもは、なんだい、という不満そうな顔をしたので、おじさんは手を叩いてそう言いました。
「作る?パイプの代わりが作れるの?」
子どもは、目を輝かせて言います。
「あそこに、沢山大きな葉のなっている木があるだろう。昔はあれで笛を作って、風を吹いたものだ。」
「笛だって?笛を作ったら、上手く風を吹くことができるの?それ、本当?」
「何事も挑戦だよ、君。」
おじさんはそう言うと、パイプを揺らしながら小さく風を吹き、地上を見下ろし始めました。
おじさんが風を吹かなければいいのになぁ、と子どもは思いましたが、風が吹かなくなれば、それはそれでまた別の大変なことが起きるのだと自分に言い聞かせました。
この別の大変なことというのは何か、ぜひ想像してみて下さい。
え?難しい?
いえいえ、何事も挑戦だそうですから。
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