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SF素人が『三体』に挑戦するよぉ⑩ ~死神永生(下)《最終》~

圧縮ロフトです。この記事は三体感想記「SF素人が『三体』に挑戦するよぉ⑨」の続きです。ここまで読んで頂いてありがとうございます。本編の感想もついに最終です。




トマス・ウェイドという男


いろいろあって程心チェンシン掩体計画のプレゼンを見にまたもラグランジュ点まで来ていた。宇宙空間に浮かべた岩塊を掩体バンカーにしてTNT火薬三億トン分に相当する超水爆を宇宙空間で爆発させるテストである。
このテストに人間が参加する事は科学というよりは掩体計画を世間に強くイメージさせるためのパフォーマンスに過ぎなかったが、艾AAアイ・エーエーの提案により程心の会社「星環」スターリングが掩体計画に事業参加するための宣伝として、会社トップの程心のボランティア参加を進めたのだった。


程心ちゃんちょっと主体性なくない?意志弱くない??とここまで読んで思う人も多かったかもしれないが、「三体 Ⅲ」は羅輯ルオ・ジーのような主人公然とした強力なキャラクター像を楽しむのではなく、暗黒森林理論の宇宙がどのような未来を辿るのかを程心を通して観測していくものなのである。このためには僕らには程心が必要なのだ。
執剣者のスイッチが押せなくても、都合が悪くなったらすぐ冷凍睡眠しても、この先とんでもないやらかしをしてもだ。

『執剣者』程心のイラストです。



宇宙艇で土星に見立てた掩体の背後に付きテストを観覧する程心チェンシンはそこで西暦時代、雲天明ユンティエンミンを宇宙の彼方へ飛ばしたあの階梯計画に所属していた頃のPIA(惑星防衛理事会戦略情報局)時代の上司トマス・ウェイドと再会する。

スパイ組織のおさらしく怜悧な刃物のような鋭さと獰猛な獣のような雰囲気を併せ持つこの男を程心は今でも好きになれなかったが、トマスは大胆にもこの場で程心に代わって光速航行技術の陣頭指揮をとる事を申し出る。それは程心の会社「星環」スターリングの経営を引き渡す事と同義だ。

艾AAアイ・エーエーに相談してみるも意外にもあっさりとトマスに経営権を渡す事に同意してくれる。というのも天明の教えてくれた三体人の光速航行は宇宙船の前後にある空間の曲率を操作して推進力を得るというものだったが、これを使うと空間そのものにはっきりと痕跡が残ってしまう。
惑星の近くで使おうものならその近くの星に文明があると周りに教えているようなものだ。
こんなの暗黒森林攻撃しゃてきの的じゃん!!ダメダメ!閉廷!解散!!!と惑星防衛理事は人類の危機を呼び込む技術に法的罰則を設けてまで封じようとしていた。


だが歴史が示している通り、技術の発展というのは止められるものではなく、科学者は禁止されてもやっちゃうものである。

人類を敵に回しても
これに向かおうとする未知に対する狂気的な前進性をトマスが備えている事を分かっていた艾AAはやりたいんならやらせてやれと会社の経営権を譲る事に同意したのだった。


誰が人類を救うのか


トマスに「星環スターリング」の経営を譲る条件で冷凍睡眠に入っていた程心チェンシンは62年後覚醒させられる事となる。目覚めた場所は木星圏の宇宙コロニーであり、程心の冬眠中に掩体世界は遂に完成されていたのだった。

掩体世界は社会がすでに円熟しているようで、バブル期の日本みたいなド派手な文化を好む抑止紀元(羅輯が三体文明の侵略を止めた辺りの時代)頃とは違い、皆が西暦時代に戻ったかのような質素な生活をしている。
あえて言うなら1970~1990年代頃の地球の各地の生活をそのまま木星コロニー圏にコピペしたような感じで、畑も耕すし、コロニー維持エンジニアのような労働者階級もあったり、貧富の差もそのままであり、楽園生活とはあまり言えない雰囲気だ。
ここで程心は自身と同じような期間冷凍睡眠していた曹彬ツァオ・ビンといくつかのコロニーを観光するという三体的には特に要らない話を挟んでトマスの待つ独立都市コロニー「星環」へ向かった。

掩体世界の治安維持を担っているという連邦艦隊の封鎖を受けている非常にものものしい星環シティであったが、その理由というのが光速宇宙船の開発である。
前項の通り光速航行技術開発は反人類罪というヤバイ問題になってしまっているのだが、光速宇宙船にロマンを感じる厄介SFオタクのトマス・ウェイドは星環シティごと太陽系連邦から独立してまで開発すると宣言したのだ。


トマスお前・・・!それを口にしたら戦争じゃねぇかっ・・・・・・!!


暗黒森林理論という僕たちにはちょっと新しい概念が敷かれている三体ワールドの、光速船を開発しただけで連邦軍に包囲されるという法理念は少し分かりにくいかもしれないが、
現代の法律に無理やり当てはめるとこれは外患誘致と言えるかもしれない。外患誘致罪の法定刑は死刑のみだ。

太陽系から数百天文単位離れたところに研究基地を新造するという妥協案をすでに提出しつつもゴリッゴリに戦争の準備をしていたトマスだったが、
62年前、星環グループを譲り受ける条件として出された「トマスの行動で人類が滅ぶ可能性が出てきたら程心を冷凍睡眠から蘇生させ、すべてのプロジェクトの決定権を還すこと」という約束をタテに程心は武装解除を迫る。


意外にもトマスはこの「約束」にすぐ応じ、全権限を程心に還し軍に逮捕された。ほとんど何の抵抗もなくレーザー銃で完全焼却処刑された、最高のロマンを追い求めた厄介SFオタクのマッドエンジニアが最期に持っていたのは、程心が渡した骨董品の葉巻だけだった。


地球圏文明世界のおわりに


もはやロマサガ2をやってるみたいな気軽さで年代ジャンプをしていた程心チェンシンはトマスの死から56年後に覚醒させられる。


この時の程心チェンシン艾AAアイ・エーエーの覚醒を受ける条件は太陽系攻撃警戒アラートが出た時。暗黒森林攻撃がついに来たのである。太陽から1.3光年ほどの距離に発見されたそれ・・は強烈な電磁波と重力波を放っていたため、
ワシレンコと白Iceバイアイスーというゴイゴイスーみたいな名前の軍人科学者コンビを中心に人類は観測へ向かうが、そこにあったのは光粒フォトイドではなく、透明な紙切れだった。

人類の持つどんな観測機器も素通りしてしまうその紙切れは、研究している最中にも包んでいる重力波が弱まって消えてしまったかと思いきや、人も、宇宙船も見えない『面』に触れると何もかもが溶けてしまう場へと姿を変えたのである。

いや、溶け広がってしまうのではなく二次元化されてしまうのだという事が、先に『面』に落ちた観測宇宙船と人間である観測船クルーを見ると分かった。三次元である人間の普段は見えていない内部、内臓や血管に至るまで平面展開化された設計図のようにすべての枝葉末節が重なる事なく投影されてそこに晒し描かれていたのである。

天明ティエンミンの『王宮の新しい絵師』では「絵に描かれた人間は消滅して死んでしまう」という隠喩メタファーは唯一支持ベアリング座標を見つける事ができず、人類は解読不能の情報と結論づけていたが、超上位文明の持つこの次元攻撃の直喩シミリーだったのである。



いや俺バカだからよく分かんねぇんだけどよォ、針孔はりあな絵師の「針孔」って一次元のメタファーだったんじゃねえのか??!!!!

師匠のくうれい」絵師も0次元を指してるんじゃねえのか?!


この『面』から脱出できる事なく、ワシレンコと白Iceバイアイスー、ほどなく「絵」に加わった。
かつて羅輯ルオジーが「呪文」で破壊した187J3X1星や三体星は単純な星系だったため光粒フォトイドブッパで終わらせられていたが、巨大恒星の周りを複数の惑星が複雑に回る太陽系ではたくさんの掩体バンカーによる陰ができ、討ちもらしが出てくる事なんて超上位文明からすれば見たらわかる事だったのである。
しょーがねーだろ地球は暗黒森林赤ちゃんなんだから!!!!!!!


二次元化されて生きていられる生物はいない。少なくとも人間の魂という情報が平面上で活動できる保証は全くない。この超上位文明が持つ中で最強の暗黒森林攻撃に太陽系連邦政府は放送で淡々と人類絶滅を告げ、この世の終わりに際して最後まで職責を全うするという宣言を行う。
この放送では同時にかつて設けられた逃亡主義に対する罰則規定も撤廃された。観測された二次元化の『面』が進行する速度はほぼ光速であり、この段階の人類が持つ宇宙船では次元崩潰じげんほうついから逃げるのは不可能だったからだ。

半世紀ほど前、トマスを吊るした事が、いや程心チェンシン自身が光速航行技術の旗頭とならなかった事がジークフリートの背中に貼りついた菩提樹の葉の跡のように、過去という背後から刺し貫く程心と全人類の致命傷だった。

墓標


太陽系全体の二次元化には光速といえどさすがに8日から10日の時間があったため、
曹彬ツァオ・ビンの奨めで程心チェンシン艾AAアイ・エーエー冥王星に向かう事となる。そこには羅輯ルオジーもいるという。羅輯ルオジーまだ生きとったんかワレ??!!!!


本来の想定である光粒フォトイド攻撃を地球や太陽が受けた場合、最もカタストロフの影響が少ないと思われる太陽系最外縁惑星に一縷の望みを賭けて自分たちが生きたという痕跡を残すための地球文明博物館が建造されていた。
そのカタストロフから被害を減じるために地下深くに収蔵したので、今度は二次元化の際に美術工芸品が冥王星の地層とグッチャグチャになり、訳分かんなくなると曹彬は危惧したのだ。


もはやイチ人類が命を守ろうというどんな行為も無意味だが、滅亡後もこの宙域を訪れた宇宙人に、または二次元化の『面』双対箔を投擲攻撃してきたような上位種文明に
地球産の文化とWABISABIワビサビを知ってもらいたい……そのため程心と艾AAは博物館の地下から収蔵品を取り出し、宇宙空間にいい感じに美術品をばら撒く事になった。

冥王星に収蔵されている文学作品を一部抜粋


冥王星の地表に屹立する地球文明博物館と見られる場所……「モノリス」は、宇宙の闇も手伝って曖昧模糊とした恐怖を表現した抽象絵画のような印象を程心達に抱かせた。
明らかな人工物モノリス、地表に彫刻されたあからさまな博物館への案内記号。地球言語が分からない異星文明にも辿り着けるようにしてあるかのようだ。

ここは地球人が観光に来る博物館ではない。館の地下で二人を迎えた地球文明博物館館長、羅輯ルオジーはそう語った。地球人類の歴史が冥王星の地下岩殻に十万年でも一億年でも保存されるように、記録で知りうる限りの全てが彫り刻まれた文明の墓石だ。

墓碑銘はこれまた冥王星地表に刻まれた地球語複数国言語での「地球文明」解読される保証はない。
暗黒森林理論の原則から言えば敗者の歴史に興味がない文明も、死を悼まない文明も存在する可能性だってある。


めぼしい美術品を冥王星地表に停泊させている宇宙船「星環」に運び込む程心と艾AAの二人だったが、現在遠日点に存在する冥王星は二次元化の『面』が到達する一番最後の星であり、
そこからはその宇宙そらに一つ下の次元へと落ちた太陽系惑星の平面像が広がり迫って、木星コロニーなどから今まさに二次元化されようという人類の様子が宇宙船の通信モニターに映し出されていた。

「霊長類」とかいう最高にイキッた種族名を自称してすいませんでした……これからは身の程をわきまえて二次元イラストになりますというようなしめやかに世界の終わりを待つ者達、無駄と分かっていながらもロケットで深宇宙へ逃げようとする者達と様々。

自分達の分類名を「霊長類」と自分達で名付けたのは地球生態系の頂点生物であるという自覚おごりからだ。これからは宇宙の上位文明様たちにクソ田舎銀河ペラペラモンキーと呼んでもらおう。


そして程心と艾AAの二人は、羅輯はここからどうなるのか?いい感じに美術品をばら撒く事はできるのか?!



まとめ


ここからがいい所
ではありますが、紹介はこの辺にして読破した全体感想に入りたいと思います。程心の人生に待ち受ける運命のこの先は君自身の目で確かめてみてくれ!!


・この記事を書いている頃は「三体」が映像化されだした頃なんですが、まず太陽系が二次元に落ちるところは映像化できないだろうなと思いました。私は本を読む時可能な限り頭の中で情景を想像して読む派なんですが、ここは無理でした。

まあどうやらある程度話は分解再構築されるようで、次元攻撃のところが映像化に採用されるのかはまだ先のシーンだと思うので分かりませんが。
平面化された惑星が夜空(宇宙)いっぱいに広がるってのはどんな情景なんでしょうね?星の断面とかならまだ分かるような気もするんですが。そんな空見てたら頭おかしなるで。


・「三体Ⅲ」に関して程心チェンシンが羅輯達に比べて主体性がなくてカタルシスに欠けるというのはあると思うんですけど、
先述の通りこれは暗黒森林理論の採用された宇宙がどのような歴史を辿るのか?という思考実験の要素を含んで執筆されている(と思う)ので、これでいいのではないかと思います。このストーリーで主人公のキャラが濃かったら光速船を開発して人類を救うしょうもない普通の話になっていたかも?

また、程心が天明に恋愛感情を持っているのかいないのか表現されなくてよく分からないというのもありますが、多分これはSFとしてのノイズになるので取っ払われたのではないかと思います。二人の恋慕の気持ちが盛り込まれてたらこれも古くせーセカイ系の話に成り下がっていたでしょうから。


そして暗黒森林宇宙が知的生命体同士ずっとギスギスを続けるのかというのはそうはならないんじゃないかという気がしますね。
地球人類の歴史でいうと文明の興り始めの頃に暗黒森林状態があったはずですから。単一民族が地球の覇権を取ってはいないし、
結局のところ上位文明が三体人を僅かに討ちもらしてるように敵対グループを根絶やしにし切るなんて非常に難しい訳です。そいつらが力をつけて反撃に来たり疑心暗鬼にキリがない。
ある程度星間戦争はあるものの、ある程度の時点から膠着してきて優勢なグループが心理消耗を嫌がりだして友和政策を取り始めるんじゃないかな~と思いますね。ただしおそらくこれは星間文明のトップグループに限りますが。


・結論としましては、他の方の感想にもあるような「この話、必要だった?」みたいな部分もあって作りが結構荒いんですが、勢いがあってエンタメ性も高く充分読みごたえがあると思います。
羅輯ルオジーのイマジナリー彼女の部分なんか後から考えたら必要だったかすらよく分かりませんからね。私としては羅輯のこの人ひとり構築しうる想像力があったから宇宙社会学を高めて人類で初めて暗黒森林理論に気付けたのだと結論付けました。
コンスタンティノープルがどうとかいう話も大オチに直接は絡んでは来ないので、この感想文では尺を詰めるために後々丸々カットしても問題ないと思います。

特にSF界にはこの先ジワジワと影響が出てくるでしょうから、日本のSF要素を含んだアニメなんかで、周りの人より先に元ネタに気付いてドヤりたい人は読んでおくべきだと思います。
和訳の文庫版が出始めている(※この記事は2024/3/31公開)今がチャンスです。



冒頭でも触れましたが、ここまで読んで下さりどうもありがとうございました。また別の読書体験でお会いしましょう。
みなさんも光速航行技術開発か?惑星の陰に宇宙コロニーを作るか?という選択肢に迫られた時は光速航行を選んでみて下さい。


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