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SF素人が『三体』に挑戦するよぉ⑨ ~死神永生(下)~

こんにちは。三体感想記である「SF素人が『三体』に挑戦するよぉ」です。

この記事は読書家になりたい圧縮ロフトが非常に難解で現代SFの最先端に輝くという劉 慈欣の『三体』の読破に挑戦しようという試みです。




早速最終巻である『三体 Ⅲ〈下〉』の感想をやっていきたいと思うんですが、今回はいつものように感想文を書き連ねていくのには非常に悩みまして、
読破した結果「これはすごいもんを見たな………」という思いになり、とてもボケづらいこれを公開していいのかという気持ちになったからです。

当然最終巻でありますのであれやこれやの伏線が結実する事を考えれば、ネタバレを避けようというこの記事の姿勢ではまちがいなくあまり長文はできない事でしょう………!

それでは早速三巻 下を紹介していきましょう。




王宮の新しい絵師


ラグランジュ点での雲天明ユン・ティエンミンとの会談を終えた程心チェン・シンは惑星防衛理事会メンバーを初めとした世界最高の頭脳であるおっさん達智子ソフォン遮蔽室という狭い部屋にぎゅうぎゅう詰めにされていた。

天明が程心に語った話には間違いなく今の地球を救うための三体文明が持つ知識がぎゅうぎゅう詰めにめられていたのである。それは次のようなおとぎ話の形であった。


ある所に『物語のない王国』という国がありました。そこには深水しんすい王子氷砂ひょうさ王子露姫つゆひめという三人の嫡子がいましたが、成長した王太子たちから次の王さまを選ぶ時、現王も国民も美しく優しい露姫に王になって欲しいと思っていました。


いよいよ露姫に王位が譲られるという時、王位を狙う残忍な性格の氷砂王子はめでたいこの記念に才覚溢れる新しい王宮絵師を紹介したいと申し出たのです。ホーアルシンゲンモスケン出身針孔はりあなと名乗る若い絵師でした。
一度人物を見ただけでその姿を完璧に記憶し完璧に紙に描き写してしまえるという針孔はりあな絵師は国王、王妃、重臣達に露姫も一目見ると氷砂王子と謁見の場を立ち去りあっという間に国王や王妃たちを描きあげてしまったのです。
この針孔絵師の特別な道具と技術で描かれた人は皆、絵に取り込まれて消えてしまいました。これにより邪魔者を消し自分が王位に着くというのが氷砂王子の計画だったのです。

しかしその日の夜、露姫の寝所に針孔の師であるという空霊絵師が訪ね、王宮から逃げて欲しいと告げてきました。針孔絵師と氷砂王子の企ての真実と、自身が使っている絵にされ消滅する事を防ぐ傘を露姫に渡すと既に弟子の針孔に描かれてしまっていた空霊絵師は消え去っていきました。
露姫は侍従である寛おばさん長帆ちょうほ近衛隊長と共に三人で夜明け前に王宮を脱したのです。


露姫は子供の頃に墓島という離島から返ってこなくなった長兄深水王子を頼る事としましたが、王子は人々から怪物になったとも巨人だとも言われておりました。
これについても真実を確かめるべく兄のいる饕餮とうてつの海へと向かいますが、そこに蔓延る饕餮魚とうてつぎょという、小さいながら生物・無生物問わずあらゆるものを噛み砕いてしまう怪魚のせいで墓島へ船で渡る事ができません。

何とか渡る方法を探す露姫でしたが、なんと王家に献上され、特に姫の使っていた高級品ホーアルシンゲンモスケン産の石鹸を使うと饕餮魚とうてつぎょを夢心地にして襲わなくさせる事ができたのです。
これにより饕餮の海を渡っていると墓島に立つ山のごとき巨大な身の丈の深水王子の姿が露姫の目に映りましたが、島に近づくほどその大きさは縮み、実際に島で再会できた頃には深水王子は普通の背丈に見えました。深水王子は遠近法にとらわれない身長をしているのでした。


二十年前、商船の事故で海に饕餮魚とうてつぎょがばら撒かれた時に氷砂王子の奸計で墓島を訪れそれ以来閉じ込められていた深水しんすい王子とその従者、暗森くらもり広野ひろのを連れ露姫一行は氷砂王子を討つため王宮に戻りますが、それを察知した氷砂王子は針孔はりあな絵師に深水王子が視界に入った瞬間に絵に描いて殺すよう命じたのです。
ところが西洋画の技法は身に付けていたものの東洋画の技法は空霊師匠から教わっていなかった針孔は遠近法にとらわれない身長をしている深水王子を絵に描くことができません。
とうとう王宮まで辿り着いた深水王子と氷砂王子は剣で打ち合う事になります。二人の剣術に優劣はありませんでしたが、氷砂王子は深水王子との遠近の間合いが掴めずついには敗れ去ったのです。

針孔はりあな絵師の絵を燃やすとすでに亡くなってしまった国王や王妃は帰っては来ませんでしたが、露姫は無事生還する事ができました。
この事件により『物語のない王国』の王位は深水王子が継ぐ事となり、この冒険で初めて海をその目で見て、世界の広さを知りたくなった露姫は旅に出る事にしたのでした。


翌朝、雪のような白い帆をあげる船が王国の岸辺から出ました。人々はそこに露姫饕餮魚とうてつぎょの群れをホーアルシンゲンモスケン産の石鹸一個半を持って切り開き、長帆ちょうほ近衛隊長と共に海へと出ていく姿を目にしたのです。
二人がどうなったのか王国の人間は誰も知る事はありませんでしたが、その後『物語のない王国』では二人の冒険や幸せに暮らしている空想を皆がするようになったのでした。


智子ソフォン遮蔽室でミチミチになっているおっさんの中には暗号解読の様々な場合を想定してか童話作家も呼ばれていたが、雲天明の創作能力に惜しみない称賛を送るほどだった。

宇宙に送られる直前の天明は程心と同じ宇宙航空学を学んでいた厭世的な人間で童話創作の才能の片鱗も見せてはいなかった。

芸術文化の存在しない三体文明相手に最初は赤ずきんちゃんとか桃太郎とかを披露して、三体人からフィードバックを受け続けるうちに作家として認められ創作の才能が開花しオリジナルを作り出せるようになったのだろう。
程心は冷凍睡眠で年代ジャンプをしているが、三体の科学力で抑止紀元まで長きに渡って生かされている内に300年かけて磨き抜かれた可能性もある。

いずれにせよ三体人が聞き流せるほどの慣れ親しんだ童話であることは間違いない。そうでなければラグランジュ点での会談中に暗号めいた創作童話をいきなり始めれば程心の宇宙艇は即爆破されていたはずだ。 


暗号解読


この『王宮の新しい絵師』には専門のチームであるIDC(情報解読委員会)というアニメ製作委員会みたいな暗号解読のプロフェッショナルチームがすぐに解読に取りかかったが、すぐ暗礁に乗り上げてしまう。
ノストラダムスの大予言のようにフワッとした表現で書かれているので、ひとかたまりの情報をどんな風にでも解釈できてしまうのだ。これにより匙を投げ始める者も出てきたが、これは当然の事で、誰にでも簡単に解けてしまうならその場で三体人にバレているのである。

暗号解読には程心チェンシンと、その相棒で程心が雲天明ユン・ティエンミンから贈り受けたDX3609星に関わるビジネスを引き受ける星環グループのCEO、艾AAアイ・エーエーも加わっていたが
彼女はお風呂場で折り紙の舟と石鹸を使いチャプチャプしてると、何やかんやあって三体文明が使っている光速宇宙航行のヒントを閃くのだった。

またこの発見は全体の暗号解読にも飛躍を与えた。
文学に三体人の持つ戦略情報を忍び込ませるために天明は情報の複層化を行っている。「雪のように白い帆を上げる王女の舟」「石鹸」「饕餮とうてつの海」が合わさって光速宇宙航行(天明が知っている、三体人の宇宙航行法)という情報が解読者の前に現れてくるように、
一つのメタファー情報に対し支持ベアリング情報を見つけて、いかようにも解釈できてしまうメタファー情報を確定させる事で初めて天明が伝えようとした事が取り出せるのだ。


ちなみに『原神』のスメール編で物語形式で情報を暗号化し、記憶改竄を受けてもスメールの神は隠しておいたその物語を読み解く事で改竄を跳ねのけるという話を見た事があったが、『三体 Ⅲ』は2006年の刊行だし、お互い中国SF、中国のゲームという事で原神がこの部分をオマージュしたのだろう。

スメールの『神』ナヒーダ。かわいい。


フィールドワーク


艾AAアイ・エーエーの発見に追従するように情報解読委員会IDCは『王宮の新しい絵師』に出てくるアイテムを実際に作ってみたり、地球の地名を指している部分のために実際に訪れてみたりなどしてどんどん限界オタクみたいになるが、特に進展のあったのはホーアルシンゲンモスケンという言葉についてであった。
本文を読むとこの言葉めっちゃ出てくるのである。先述の石鹸、近衛隊長の出身地、針孔絵師の画材である筆、絵具、画用紙、紙を延ばすのし・・石……などなどありとあらゆる物品がホーアルシンゲンモスケン産であった。

この『王宮の新しい絵師』は天明ティエンミン程心チェンシン中国語で話して聞かせた事になっているが、明らかにこの「ホーアルシンゲンモスケン」は異質である。出てくる頻度もまるで程心に発音を間違いなく覚えさせるためのようだ。


答えはノルウェーの「モスケン島」と「ヘールゼッゲン山」であり、程心達が実際に訪ねたところ海峡にモスケンの大渦モスケンストロメンが発生するのだという。ブラックホールのメタファーに以外には考えられない。
ここでは執剣者候補の一人であった曹彬ツァオ・ビンが閃く。他の情報と組み合わせ、太陽系をブラックホールみたいな低光速場で包めば光速質量を射撃してくる暗黒森林攻撃を受けなくなるじゃん!
外宇宙も出られなくなるけど、上位種文明と太陽系文明がお互い干渉できなくなるならそれは相手にとって脅威にはならないという事。これこそ羅輯ルオジーが『三体 Ⅲ(上)』智子ともこに聞いた質問の答え、宇宙安全宣言である。

大鳴門橋と鳴門海峡。「ナルトトクシマーの石鹸」とかにならなくて良かった。日本人読者の腹筋は助かったのである。


3つの計画

雲天明ユンティエンミンの暗号童話は9割9分がた解読され、これにより人類が取るべき二つの道筋が示された。光速航行技術の開発、ブラックホールのような場を作り太陽系を覆う暗黒領域計画ブラックドメインプロジェクト
これと天明の童話とは無関係に、三体星が暗黒森林攻撃でブッ飛ばされた時に三体太陽の陰に入っており偶然生き延びた者達がいた事、またそれを地球が観測できていた事で導き出された掩体計画バンカープロジェクトを加えて3つの方向性が見えてきたのである。

光速航行計画と、呪術廻戦の英訳版に出てきそうな名前の計画は三体文明から教わった超科学の知識があるとはいえ、この時点の地球人類にはほぼゼロからの未知の技術開発である。

とてもつらいのである。

これに比べると掩体計画暗黒森林攻撃にただ遮蔽物を置けばいい。これなら宇宙進出をしたばかりの文明世界にもできる事だし、何より更に単独惑星に掩体になる三つの太陽が回る𝓼𝓽𝔂𝓵𝓮スタイルの三体星と違って太陽系には多くの惑星がある!

それに暗黒森林攻撃の光粒フォトイドは文明のある惑星に大絶滅が起こるように恒星爆破(太陽など)を狙って射撃されるのである。つまり地球を離れて木星や土星の陰に入ってコロニーで生活する𝓼𝓽𝔂𝓵𝓮スタイルになればいいんじゃん!!
勝ったな。風呂入ってくる。


ただ「星間光速航行はロマンがあるよね……」という厄介SFオタクが地球にはやっぱり多かった事で、この3つの計画は同時に進められる事となった。
しかしこの計画の内の一つと過去程心チェンシンの心に爪を立てる事になるのである。



いったんここで区切ります。感想記後編の⑩もよかったら読んでいって下さい。
ま、掩体計画さえあれば人類は安泰だからあとは消化試合だと思うけどな!ガハハ!

「勝ったな風呂入ってくる(勝ったなガハハ)。」有名な負けフラグの一つ


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