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ふわり、ひらり

 ふーっと息を吹きかける。タンポポの綿毛は、空を舞い、ゆっくりと風に乗って飛び立った。これからどんな世界が待ち受けているのだろう。ゆれるタンポポの綿毛は、キラキラと希望に満ちているかのようにも見えた。

「飛鳥、何してるの、行くよ!」

 生まれてから17年、ずっと住んでいたこの家と、今日でさよならする。車に荷物を詰め込んだ母は、急かすように何度も私の名前を呼んだ。

「うん、待って。もう少し」

 赤い屋根も、少し剥げた壁も、小さな庭も、思い出が沢山ある。家全体を見つめ、私は立ち去ることができずにいた。

「ほら、はやく」

「うん」

 誹謗中傷。SNSには、まだ私の名前が燃えている。少しだけ人気者だった私は、調子に乗ってしまっていた。きっと、その罰がきた。ただ、それだけだ。

「お母さん、ごめんね」

 運転席の母は、乗り込んできた私の言葉を聞いて、今さら何言ってるの、と笑った。父が亡くなって、いつかは出ていくはずだった。それが早まっただけだと笑う母にホッとしては、一人になるとまた、私のせいだと落ち込む日を繰り返していた。

「私はあんたの描く絵、好きよ」

 母は、私の一番のファンでいてくれている。その言葉に一人じゃないと安堵した。

 盗作だと騒がれたのは、一枚の絵だった。無知な私は、あるデザイナーのイラストに惹かれ、それを少しだけアレンジして投稿した。インスピレーションを得ただけで、盗作するつもりなんてなかった。いつも通り、ただ、いつも通りの投稿だった。いいね!が集まって満足し、その日もいつものように、私は眠りについた。
 次の朝、スマホを覗くと、いつも以上に通知があることに驚いていた。

 ーあのデザイナーの絵に似てる。

 SNSで騒がれはじめ、私は慌てて釈明をする。その釈明が火に油を注ぎ、あれよあれよと過去の投稿が何かに結びつけられ、小さな記事ですら、炎上の火種になった。あっという間に学校も自宅も特定され、私は居場所をなくしてしまった。HPやSNSは荒らされ、知らない宅配が届く日々に、業務に支障がでるからと、母は勤めていた不動産の事務を辞めた。数えきれないほどの知らない声が、たった二週間で山のように届いた。

 フォロワー15万人のSNSの毎日更新は、2年と10日で止めることになった。居場所をなくした私は、平凡な高校生に戻ることさえ、もう、できなくなっていた。

「描くのは、辞めようかな」

 呟いた言葉に母は、言った。

「飛鳥が飛ばしたタンポポ、きっと次の場所できれいに咲いてるよ」

 ふわり、ひらり。車の窓を開けると、私の頬に流れた涙が飛んでいく。次の場所で、私もあのタンポポのように強く生きていけるのだろうか。

「元気だしなさい」

 母のストレートな言葉は、私の心に突き刺さる。私は、涙をぬぐい、大きく頷いた。

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