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ドロップに包まれて


 物作りに興味を持ったのは、小学生の頃だ。15歳も離れた姉が、妊娠をきっかけにハンドメイドを始めた。仕事人間だった姉は、産休中も慌ただしく生活することを選んだ。

「あんたも、もういい年齢なんだから」

 姉は、今も母より口うるさい。仕事の愚痴を言えば、食べていくためだと、当たり前のことを言った。今月仕事を辞めた私は、電話口の姉の言葉にうんざりしていた。

「そう言えば、最近は作ってるの?」

 話題を変えれば、説教を聞かなくていい。この何気ない一言が、姉を黙らせてしまった。

「それどころじゃないのよ」

 娘の真奈が荒れてるらしいことは、母から聞いていた。もうすぐ高校生のはずなのに、受験の話しすら家族の中ではタブーだった。

「真奈、元気してる?」

 姉は完璧主義者で、弱味なんて見せない。ましてや下に見ているだろう私に、本当のことなんて言うはずはなかった。

 次の日、私は真奈のことが気になり、メッセージを送った。もう、連絡先も変えているかも知れない。今なら、なんとなく真奈の気持ちを理解できるような気がしていた。

「元気だよ」

 思ったより真奈の返事は早かった。私は、どうせ学校をさぼっているなら、今からうちに来ないかと誘った。真奈は、二つ返事で、わかった、と返してきた。

「久しぶり」

 真奈と会うのは、半年ぶりだ。ロングの髪に少し大人になった顔つきは、昔の姉とよく似ていた。

「背、伸びたね」

 小柄な私と比べても、真奈の方がもう大きく見えた。真奈は、一人暮らしの私の部屋を探検するように歩き回っている。

「最近どう?」

 真奈の好きな紅茶を入れ、私は座るように促した。俯いた顔は、雲って見えた。

「お姉ちゃん、口うるさいでしょ」

 その言葉を聞いて、真奈は、ようやく顔を上げた。

「お姉ちゃんみたいにはいかないよね。いつも正論ばっかりで嫌になる」

「やっぱりそう思う?」

「思うよ。コンチクショーって」

 真奈は、ホッとしたのか、表情を緩めた。

「…高校、行かないと行けないのかな」

「行きたくないの?」

「わかんない」

 真奈はまた、下を向く。

「そうだなぁ、やりたいことないなら、行った方がいいかな」

「どうして?」

「うーん、選択の幅が広がるからかな」

 真奈は、私の本棚に目をやった。

「咲花ちゃんは、選択の幅、広がり過ぎじゃない?」

「そうかもね」

 真奈と顔を見合わせ、声を上げて笑う。本棚には、医療事務、簿記、保育士、カウンセラーなど、沢山の資格の本が並んでいた。

「あ、これ」

 真奈は立ち上がると、本棚から一冊の本を取り出した。姉が実家に置いていったハンドメイドの本だ。先月、そっと持ち帰っていた。

「お姉ちゃんには、内緒だよ。どうせあんたじゃ無理だ、安定の職につきなさいって言うに決まってるから」

 真奈は、そうだね、と言った。

「きれいだね」

「きれいでしょ」

 開いたページには、沢山のパーツが並ぶ。

「私も、やりたいことないわけじゃないんだよ」

 真奈は、恥ずかしそうに目を伏せた。

「そうなの?それはいいことね」

「何かは、聞かないの?」

「言いたいなら聞くけど、私からは聞かないかな」

「どうして?」

「やりたいことやればいいって、多分、聞いても聞かなくても、そう言うからかな」

 真奈は面食らった顔をした。

「まぁ、そう言うのも無責任だからかもしれないけど」

「わかってる。お母さん、心配性だから」

 真奈は真っ直ぐ育っている。私は、真奈の言葉を聞いて、どこか安心していた。

「お母さんに、話してみようかな」

 帰り際、ポツリと呟いた真奈に、もし反対されたらまたおいで、と言って送り出した。

「もしもし、お姉ちゃん、真奈のことだけど」

 その日の夜、私は姉に電話をした。姉は珍しく私の言うことを黙って聞いていた。

「あ、あと、私もハンドメイド、始めるから」

 姉はまた、決まったように、安定した仕事をしなさい、と言った。

「小さい頃ね、キラキラしたドロップみたいなビーズを見たときが、一番ワクワクしたんだよね。お姉ちゃんのせいだからね」

 姉は、どうして私のせいなのよ、と笑っていた。

「まぁ、そんなに心配しないで。真奈も私も、どうにかやってるから」

 姉は、ため息をつきながらも、何か困ったことがあったらすぐにいいなさいよ、と母のように言った。

「お姉ちゃん」

「何?」

「ありがとう」

 誰よりも努力家の姉には敵わない。それは、私も真奈もわかっていた。姉は、照れたように、何よ、気持ち悪い、と笑っていた。

 引き出しの奥には、あの頃の姉にもらったビーズのブレスレットが眠っている。姉が初めて作った作品だ。私も、真奈に贈ろうと、ビーズの大袋にハサミを入れた。

「よし」

 ドロップのビーズは、ザラザラと音を立ててテーブルに広がっていく。

「真奈、言えるといいな」

 私は、ビーズを手に取ると、明かりに透かしてみた。ドロップのようなビーズは、あの頃のように暖かな光を放っているようだった。

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