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コインランドリーみたいな恋

ゴーォ、だろうかグォンだろうか。
深夜のコインランドリーは、機械音だけが静かに響いていた。回る洗濯機の数は、半分以上もある。この街にはこれだけの人が眠らずにいるのかと思うと、なんだか笑えてきた。

今月、時給が10円上がった。喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。今年で25歳になる僕は、就職するタイミングを見事に逃し、留年した大学を卒業しても、この街にいた。カラオケ店の店長からは、社員にならないか、とよく声をかけられる。冗談なのか、本気なのか。35歳を過ぎた店長は、朝が辛いと毎日のように嘆いていた。

自動ドアが開く。入ってきたのは、いつもの君だ。名前も知らない。フリルがついた服に、濃いめのメイク。メイドカフェで働いているようなその格好は、私服なのかは分からない。火曜と金曜の夜中、彼女は決まって現れる。
「すみません」
後ろを通り過ぎる僕に、小さく会釈する。彼女の目の中に、僕は映らない。

彼女は、洗濯機が止まるのを、ただずっと見つめている。グルグル回るそれは、彼女の目にどう映っているのだろうか。取り出した洗濯物は、身にまとっている服装とは違い、とても質素な物に見えた。

洗濯物が洗い終わるのに30分ほど、僕も彼女も定位置は決まっている。椅子に腰掛ける僕と、立ち尽くす彼女。沈黙の時間は、二人だけの空間のように錯覚する。

僕は知っている。彼女には悪い男がいて、その男は彼女のことを大切にしていない。右頬を腫らしたまま現れたその日、彼女は洗濯機の前で泣いていた。

「別れないのですか」
その言葉に、彼女は少しだけ驚いた顔をした。見ず知らずの男が、自分のことを知っているとすれば、彼女の反応は当たり前のことだ。彼女は、そそくさとその場を後にした。洗濯機の中には、グルグルと回る洗濯物がそのまま取り残されていた。

それから、彼女の姿は2週間ほど目にすることはなかった。僕は、どこか心の中にぽっかり穴が空いたような気がした。ある日、彼女が現れた。服装は、質素なもので、すっぴんに近いその顔から、一瞬彼女だと認識するのが遅くなった。彼女は、同じように立ち止まり、グルグルと回る洗濯機を見つめていた。僕は、そんな彼女を見つめる。

「私、コインランドリーのような恋をしたんです」
「え?」
突然、発せられた彼女の声は、思っていたより柔らかかった。
「グルグル回る洗濯機のような恋。私は、この中の洗濯物と一緒で、ただグルグル回っていました。コインをいれ続けて、止まらないように。あの時、あなたにストップボタンを押されなかったら、きっとずっとこの中にいたのかも知れません」

ピー。洗濯完了の音が鳴る。彼女は、そのまま黙って洗濯機の扉を開けた。
「好きだったんですか」
彼女は、洗濯物を取り出す手をとめた。
「好き、だったのかな」

それから、彼女はもうこの場所には現れなくなった。コインランドリーは、いつものように洗濯機が回り続ける。派手な服装をしたもの、お金のなさそうな大学生、年老いた男、皆、グルグル回る洗濯機を見つめている。

彼女は幸せになれたのだろうか。僕は、まだ火曜日と金曜日、決まってここにやってくる。

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