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てんとう虫とわたし

 窓際で逃げ遅れたてんとう虫は、外を照らす日差しが目の前だというのに、ガラスの向こうには行くことができないでいた。ここに留まり、生きることを選ぶしかない、その絶望感は計り知れない。てんとう虫の運命は、私の手の中にある。ドアを閉めた私が開ければいい。ただ、それだけだ。

「瑞希、出かけるから」

 玄関では、母の声がした。私は、軽く返事をする。母が出かけ、この世界には、私とてんとう虫だけになった。

「おーい」

 聞こえるはずも、返事が返ってくるわけもないのに、私はてんとう虫に話かけた。まっすぐ歩いては止まり、窓の外に足を向け、行けないことを確認する。このてんとう虫は、まるで私のようだった。

「君はどうしたい?外の世界に出たいの?」

 てんとう虫は動きを止めた。聞こえたのかと錯覚した私は、突然、大きな罪悪感に襲われた。ドアを少し開けると、てんとう虫は、それに気が付かず、また歩き出した。

「お前の行く道はここじゃないよ」

 てんとう虫は、それでも部屋の中へと進んでいった。このままではダメだと、急いでごみ箱から昨日捨てた書きかけの履歴書を取り出した。

「ほら、これに乗って」

 行ったりきたり、逃げるようにお尻を向けるてんとう虫に、私はいらだっていた。この場に留まりたいのか、ここに留まれば、てんとう虫は長くはない。それは、あちらの世界でも同じことかもしれないが、私は、どうにか紙に乗せ、てんとう虫を捕まえた。
 勢いよくドアを開ける。てんとう虫は、その振動でスッと空へと飛び立っていった。

 風が前髪を揺らす。手には、捨てたはずの履歴書だけが残った。私の人生は、この紙切れ1枚で収まるような、そんな人生なのか。飛び立ったてんとう虫は、どこかキラキラとして見えた。

「頑張って」

 私は、独り言のようにつぶやいていた。

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