見出し画像

『危険な関係』ピエール・ショデルロ・ド・ラクロ 感想

こんにちは。RIYOです。
今回はこちらの作品です。

十八世紀、頽廃のパリ。名うてのプレイボーイの子爵が、貞淑な夫人に仕掛けたのは、巧妙な愛と性の遊戯。一途な想いか、一夜の愉悦かーー。子爵を慕う清純な美少女と妖艶な貴婦人、幾つもの思惑と密約が潜み、幾重にもからまった運命の糸が、やがてすべてを悲劇の結末へと導いていく。華麗な社交界を舞台に繰り広げられる駆け引きを、卓越した心理描写と息詰まるほどの緊張感で描ききる永遠の名作。
紹介文より

一六世紀末にアンリ四世より創始されたブルボン朝はフランス絶対王政を堅固なものとして、国内外に向けて二百年以上も強力に勢力を伸ばして圧政を敷いていました。構築されたアンシャン・レジーム(旧封建社会)では、第一身分に聖職者、第二身分に貴族たちが位置付けられ、農民をはじめとする第三身分の人々は異常な税負担を強いられていました。三部会という第三身分による議会発言の場が制度上認められていましたが、実質的には意味をなさないものでした。産業の成長やバロック芸術(ヴェルサイユ宮殿など)の開花などの華やかな印象を残す一方、重商業主義による他国への侵略や宗教争いなどで激しい国交を生み出していました。これらの礎は全て第三身分(サンキュロット)が引き受ける結果となり、国の成長に影響された異常税率によって生きていくことが困難となる生活を過ごしていました。一八世紀に入ると英米との植民地争いが激しくなり、国家財政を保つためのより一層な税負担が第三身分に求められて、遂には賄いきれなくなり国家は弱体化していきます。抑え続けられた農民市民たちの声は徐々に思想家を中心として膨らんでいき、三部会に属していた僧侶シェイエスが発行した『第三身分とはなにか』というパンフレットを皮切りにフランス革命の道が切り開かれていきます。

ピエール・ショデルロ・ド・ラクロ(1741-1803)は、フランス北部に位置するアミアンで生まれました。早くから軍人を志願して十八歳で砲兵学校にはいり、その後は少尉となって軍に帰属します。貴族であり軍人となったラクロは転任する各地で社交の場に歓待されることが多くなりました。特に滞在期間の長かったフランス南東部にあるグルノーブルでは、社交界で持て囃され、実質的な貴族の世俗一般を熟知することとなります。貴族間での苦悩や苦悶は、互いの関係性を種としており、社交界における名声が持つ影響力を少しでも掴もうと多くの貴族は躍起になっていました。その為に互いを欺き、或いは貶め、各々が謀略を張り巡らせて凌ぎ合うことに執心する姿をラクロは観察します。これらの手法は対話だけでなく、それと同等に、もしくはそれ以上の効力を持つ書簡を用いて行われていました。貴族は社交界で深夜まで互いに名声を凌ぎ合い、起床後は手紙を認める、といった生活が日々の殆どを占めていました。このような貴族の生活を支えていた第三身分の人々、または国の苦しい財政事情などは彼らの脳内には存在しておらず、愉悦(名声欲)と快楽(恋愛欲)に塗れていました。

七年間のグルノーブル生活で体感した貴族意識の没落は、早くから国のため、軍のために軍人となったラクロの感情に影響を与えます。しかし、それは悲観的な貴族への軽蔑だけでなく、貴族同士が凌ぎ合うさまざまな手法から他者の心理を動かす観察力と行動力を見分け、彼の心理分析をより高い位置へと押し上げました。特に書簡が持つ、受け取った者に与える欺きや信心の悪用による効力には、独特の性質を持っていることを明らかにしました。対話と違い、熟考のうえで精緻に書き上げられた手紙のやり取りは、深い思惑と策略を込めることができ、受け手の心を見抜き合う激しい心理戦が繰り広げられます。そして、彼によって1782年に世に出された本作『危険な関係』は、まさに書簡体形式で描かれ、余すところなく手紙の魅力や魔力が詰められています。

登場する書き手はフランス南部に滞在する貴族たちで、社交界の花形二人を中心に約十名、百七十五通の手紙で構成されています。
妖艶な外見に性悪猫のごとき心を持つメルトイユ夫人、見目麗しき紳士でありながら非道の心を持つヴァルモン子爵、旧知の二人が初心な男女を弄び、凌辱し、手足のように目的へと導いていく手練手管が繰り広げられます。貞淑な法院夫人、修道院から世に出て日の浅い無邪気な少女、純朴無垢で誠実な騎士など、次々と二人の魔の手に傷付けられていきます。終盤に畳み掛ける結末に向かう怒涛の流れは、緊張と興奮を読み手に与えながら雪崩のように突き進んでいきます。
ラクロの心理分析、その分析を用いて丁寧に描かれた心理戦は、現在にまでも通用すると想像される心の動きが精緻に描かれています。また、当時の貴族にとっては、社交界における地位、影響力、魅力などがいかに重要であったのかが窺えます。真実の愛よりも社交界にて受ける憧れの眼差しを優先する、それが延いては貴族としての格を上げる、そのような歪んだ社会の中で生活していました。

世間の評判というものはそのまま残るのではありますまいか。そうして、それだけでもあなたさまの行動を律するには充分ではありますまいか。人が悔悟した時にその罪をゆるすのは、神さまのみのなしたもうことです。神さまは人の心の中をお読みになりますが、われわれ人間は、行為によってしかそれを判断することはできません。そうして人間は誰でも、ひとたび他人の尊敬を失ってしまえば、次には必ず不信の目を受ける覚悟をしなければならず、そのためにいよいよその尊敬を取りもどすことが困難になるのでございます。

しかし、これらの貴族の苦悶や苦悩は全て、虐げられ続けていた第三身分の人々に支えられた生活の上に存在していました。異常とも言える格差を見ようともしない貴族たち、或いは見て見ぬ振りをする聖職者たちの頽廃が、第三身分の人々の不満を最大限に高めていた状況でした。直後に起こるフランス革命(1789年)によって貴族社会が衰退していくことは当然であったと言えます。ここに貴族であり、社交界での交遊を体感したラクロが、時代の貴族階級に投げかけた警鐘とも言える本作は、顰蹙という応えで突き返されます。

「危険な関係」が二百余年の時間の距りにも拘らず、最も近代を思はせるものは、それが思想によつて書かれずに、眼によつて、鬼の眼によつて、不動の眼によつて書かれてゐるからだと私は思ふ。伊勢物語や西鶴の作品に近代の感覚が漂ふのは、その思想によつてでなく、ラクロに近似したその眼によつてのことである。近くはレエモン・ラディゲがさうであり、人は彼が時間的に近代の人であるため、彼に時間的な近代を認めがちだが、単に昔ながらの文学の宿命的な近代、つまり人間を眼によつて描いてゐるにすぎないのである。
筑摩書房『坂口安吾全集』

ラクロの驚異的な観察眼について、坂口安吾はこのように述べています。彼の心理分析は現代にも十分に通用することを伝え、読む者に強い印象を与えます。頽廃した貴族社会の乱れた風俗だけでなく、心理戦の応酬も存分に触れることができる作品と言えます。未読の方はぜひ、読んでみてください。
では。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?