『スターメイカー』オラフ・ステープルドン 感想
こんにちは。RIYOです。
今回の作品はこちらです。
敬虔なクリスチャンであった哲学者のオラフ・ステープルドン(1886-1950)は、幼少期に海運事業主の父の都合で幼少期をエジプトの運河都市ポートサイードで過ごしました。イギリス国民の生活を一変させた生活革命(珈琲、紅茶、砂糖などの流通)を担った三角貿易の恩恵で大きな発展を見せた都市で、アジアとヨーロッパの中継都市として文化と人種が多く交わって栄えていました。彼は父親の趣味である星の観測を、一緒に特製の天文台に登って楽しみ、宇宙への関心を強めていきます。1915年からは勃発してしまった第一次世界大戦争に救急隊員として従軍し、日々、生死を間近で感じることとなります。心身ともに疲れ果てていた彼は、毎夜、空を見上げて夜空の星に思いを馳せます。この頃に本作『スターメイカー』の核となるコスモス論、創造主論、世界共棲論が芽生え始めます。
『スターメイカー』は、ステープルドンによる壮大な宇宙的ヴィジョンをもって描かれた哲学的論文作品です。世界の在り方を宇宙単位で見渡し、生命の意味、社会の意味、宇宙存在そのものの意味を問いながら、第二次世界大戦争の直前にある世界情勢に向けて、平和と愛をメッセージとして訴えています。
本作は、「驚異的な小説である」と感嘆するホルヘ・ルイス・ボルヘスの賞賛を筆頭に、アーサー・C・クラークやブライアン・オールディスなど、多くのサイエンス・フィクション作家たちからも強い支持を得ました。
家庭を持つ一般的なイギリス人男性が、生の苦痛を抱きながら夜空を見上げて物思いに耽る場面から物語は始まります。彼の逡巡する思考は瞑想状態を経て、精神の飛翔に至ります。意識のある精神体となった彼は、地球という惑星を飛び出し、数多の惑星を探索します。そして飛翔方法を会得すると、人間的な文化形成をした世界がどこかにあるに違いないと思い至り、銀河の果てまで生命体と文化を探し始めます。
宇宙の探索、数々の惑星との出会い、そして消失を観察したのちに、人間に近しい進化を遂げた別地球へと出会います。観察を行うなかで、今度は精神と精神の接触を試みます。別地球に住む賢人ブヴァルトゥと精神的対話に成功すると、詳細な文化的意見交流を行い、存在を認め合う関係性を持つことになります。そしてブヴァルトゥも精神を共鳴させ、精神を共棲させて、また宇宙へと飛翔して旅立ちます。
時間をも超える精神の飛翔でコスモス(宇宙)の探索を続ける二人は、惑星、銀河、コスモスへと活動の領域を広げて、数多の種族文化の盛衰を観察していきます。そして出会う人間的精神進化を遂げた生命たちへ接触し、多くの共鳴者を引き連れて旅立ちを繰り返します。
観測の旅を続けていくうちに、コスモスの創造主の存在を感じ取ります。謎に包まれたコスモスの存在意味を創造主(スターメイカー)の意思に見出そうと、共棲精神は接触を試みます。時空、次元を超えて驚異的な移動を繰り返しながら、コスモスの探索はやがて永続的ユートピアへと辿り着きます。そして遂に、スターメイカーの存在を感知するに至ります。
このユートピア性は、コスモス全体としての観点であり、苦痛と苦悩の責め苦を受け続けている存在もありました。これに超存在であるスターメイカーが救おうとしない姿勢に、共棲精神は憤って問い掛けます。しかし、その糾弾にさえも沈黙を続け、慈愛さえも感じさせる態度を見せることから、スターメイカーがコスモスを観照する目的を感じ取ります。スターメイカー自身が有限であり、破壊と創造を永続的に繰り返しては、善悪を包括し、コスモス内での紛争を必要なものとして眺め、犠牲による進歩、種としての進化を眺め続け、そしてより完全な永続的ユートピアの構築を辿っていることを理解します。創造したコスモスに干渉しない態度こそ、創造主としての姿勢であり、苦悩や苦痛さえも必要な構成要素として眺め、コスモス自体の構造階層をさらに上へと辿り着かせようとする意志の現れでした。
寓話調で描かれるインテリジェント・デザイン論は、神的存在を探求するミスティシズムへと印象を変えていきます。ステープルドンによる科学的想像力は惑星から銀河を経てコスモスへと広がり、そこから時空さえも超えて膨張し、精神体を別次元へと昇華させます。これは精神の神格化、あるいは心の神格化とも言え、果てに臨む永続的ユートピアは信仰対象の様相を呈します。しかし、この永続的ユートピアは有限であり、その先の先に見える破壊と虚無からはニヒリズム的ヴィジョンが想起され、全ての創造や活動は不毛であると投げかけられます。
しかし、ステープルドンはペシミズム(厭世主義)を超えてニヒリズムに至るも、破壊による虚無の先の先に、更なる信仰的希望を見出させます。これは創造主における希望でもなく、コスモスや銀河にとっての希望でもなく、諸人類にとっての希望でもありません。今を生きる全存在にとっての希望であり、喜びの使命とも言えるものを突きつけます。共棲精神としての経験により、地球の、地球人の、太陽系の、そしてこのコスモスの遥か先に起こる運命を理解して受け止めたうえで、自分にできることを役割として受け止め、自己の意志と生命を尊重するという結論に至ります。そして根幹には人類の共棲という主題を置き、滅亡を生み出す諍いと格差を遠ざけようと努力します。これは心の神格化による平和と愛の強い主張であると言えます。
全ての章は共棲というテーマに収束されることからも、ステープルドンが抱く世界への共棲的ヴィジョンを感じ取ることができます。第一次世界大戦争を経て、ナチスが台頭し、世界各国が臨戦態勢に移行しつつある緊迫した情勢のなか、ステープルドンが共棲を謳った作品を執筆したことは大きな意義があると言えます。作中で描かれた様々な世界、利己主義の発展、格差社会、二つの種族共生の盛衰など、いずれも科学の発展から野生の退化と滅亡が待ち受けており、そこに至る切っ掛けはいずれも種族間による争いが原因でした。この紛争はコスモスレベルでの必然であるとともに、たとえそれでも自己は信仰を抱いて共棲を臨むという姿勢こそ、今の精神体が掴むべき希望であり、持つべき平和と愛の意志であると受け取ることができます。
少し複雑な語彙や表現の豊かさで少し難解な印象を受けるかもしれませんが、世界に入り込むとどんどんのめり込んでいくことができる作品です。サイエンス・フィクションがお好きな方はぜひ、読んでみてください。
では。
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