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『オセロー』ウィリアム・シェイクスピア 感想

こんにちは。RIYOです。
今回はこちらの作品です。

ムーア人の勇敢な将軍オセローは、サイプラス島の行政を任され、同島に赴く。副官に任命されなかったことを不満とする旗手イアーゴーは、策謀を巡らせて副官を失脚させた上、オセローの妻デズデモーナの不義をでっちあげる。シェイクスピアの後期の傑作で、四大悲劇の一つ。
紹介文より

十五世紀に始まった大航海時代は、インド航路開拓を皮切りに新しい土地へヨーロッパ諸国が次々と足を踏み入れることになりました。そこで出会う土地、産物、人々は商業的な見方をされ、やがて壮絶な植民地支配合戦へと変貌していきます。この時代のきっかけとなった航海術の飛躍的な向上(羅針盤・快速帆船・緯度航法などの遠洋航海術)によって地中海や大西洋は多くの船で行き交う場へと変貌を遂げます。開拓を続ける航路は商業航路として続々と使用されますが、限られた航路は各国の争いの種となっていきます。やがて圧倒的な国力を持つオスマン帝国が大きな実権を握っていきました。

このオスマン帝国の地中海支配によって航行を困難にさせられていたスペインとフランスは、1571年にローマ教皇ピウス五世へ協力を仰ぎ、地中海の征圧を目的としてレパント沖で海戦を勃発させます。アリ=パシャ率いる200隻を超えるオスマン艦隊を300隻近い連合艦隊で押し潰す大海戦となりました。戦力差で押し切った連合艦隊は、支配されていたヴェネツィアのキプロス島(サイプラス島)を奪還します。この戦いによる功績でスペイン海軍は無敵艦隊と呼ばれるようになりました。ローマ教皇はこの勝利を弾みとして脅かされ始めていた宗教改革の勢いを跳ね返すべく宗教戦争へ拍車を掛けることとなります。しかしオスマン帝国の国力はこの敗戦では揺るがず、二年後にはキプロス島を更に奪い返し隆盛を続けました。

シェイクスピアが執筆したこの時代のイングランドでは、宗教改革における宗教統制をしている時期で、カトリックをはじめ異教徒を排除する動きが強まっていました。しかし、異教国であるオスマン帝国の止まらない隆盛は、イングランドにとって負の効果をもたらすだけではありませんでした。文化的発展、貴重な輸入品などで国を潤す要素が多く存在し、外交上のスペインへの牽制にも影響します。拡大するスペインは徐々に脅威へと変わりつつあったため、イングランドの発展を考えると何か手を打つ必要がありました。これを円滑に解決する方法として異教国であるモロッコと協力関係を結ぶという結論に至ります。イスラムの文化価値はイングランドを魅了し、エキゾチシズムを介した憧れへと国民感情を揺さぶります。そして遂には、北アフリカへ渡りイスラムへ改宗する者まで現れるようになりました。この矛盾を孕んだ国政はやがてイスラムが起こした風として内政を脅かし始めます。肌の黒い人種の異教国民は奴隷としてだけではなく、一般人として、或いは権力者としても流入し始めました。

イングランド国民は個別に宗教価値や人種価値を構築し始めます。異教国の肌の黒い人種を「ムーア人」と呼んでいました。エリザベス女王一世が二度の黒人追放を指示しましたが、この「ムーア人」も含まれていました。ピューリタン信仰を重んじる人々は排斥を、エキゾチシズムに魅了された人々は憧れを抱きます。

ヴェニス(ヴェネツィア)を舞台とした本作『オセロー』の主人公であるオセローは「ムーア人」です。丹精で美形、度量が大きく強靭で、義を重んじ部下を愛する、理想的な武人として描かれています。彼を見事に表した台詞があります。

閃く剣を鞘におさめろ、夜露で錆びる。

このオセローを奸策へ貶める悲劇の種が「悪の知」イアーゴーです。困難を乗り越えて結ばれたオセローとデズデモーナは絶頂の幸せを、元老院議員の指示を受けてオスマン帝国の攻勢に対抗すべく派遣されたキプロス島で迎えます。イアーゴーは同行し、奸計を持って徐々に亀裂を入れ、この二人の仲を引き裂こうとします。イアーゴーはオセローの絶対的な信頼を得ている部下です。生粋の武人らしさから軍人的上下関係を絶対としているオセローは、実直に見せるイアーゴーの態度を信じきっています。この軍人的思考に付け入ってイアーゴーは次々にオセローへ言葉巧みに毒を注ぎます。

悪意の根源となるイアーゴーの動機は、彼の「誇りに勝る驕り」と言えます。彼が悪行に着手するきっかけとなった出来事は軍人事でした。イアーゴーはオセローの絶対的な信頼を得ている自分が次期副官となるように信じていました。しかしながら、実践経験の無いオセローの旧知の友キャシオーを副官に据え、イアーゴーは旗手に甘んじることとなり、怒りを覚えます。

口はばったいが、自分の値打ちは自分で知っている、どう踏んでもそのくらいの地位は当然だ。

芽生えた怒りは多くの要素を呑み込み膨れ上がります。己の真の実力を発揮するだけでは覆すことができない絶対的な階級制度への不満、誰もが羨む清廉で美しい妻を娶ったオセローへの同姓としての劣等感、そして「ムーア人」でありながら上官であり、将軍であり、貴族であるオセローへの嫉妬。これらが渦巻く相乗効果で怒りは殺意へと突き進みます。

『オセロー』という悲劇は作中で、「白」という表現は清廉や美しさ、「黒」という表現は穢れや醜さ、という明暗対照法で描かれています。オセロー自身が肌の色を揶揄しながら自分の愚かさを説く場面もあり、彼自身が白人至上主義社会に埋もれた異質物である自覚を持っています。事実、作中でも「オセロー」よりも倍以上の回数で「ムーア人」と呼ばれていることからも裏付けられます。しかしオセローの武人的態度や紳士的態度は、当時の白人貴族における理想像であり、誰よりも高潔に描かれています。謂わば「黒に包まれた白」と言えます。劇中で苦しみ抜いたオセローは終幕で全てを悟り、イアーゴーによって真っ黒に染められた心は、とても悲しい結末とともに清廉な心を取り戻すことになります。

本作『オセロー』は「嫉妬の悲劇」が描かれていますが、込められた問題は、植民地支配の行く先を懸念していると考えられます。白人至上主義に対する問題提起、或いは人種差別の不要性、宗教差別の不毛性など、多くの角度から突き詰められた問題意識が集結されています。

一九〇九年シカゴの某劇場で『オセロー』の上演中のこと。悪漢イヤゴーがオセローに、夫人デズデモーナが不義をしていると吹きこみ、ついにオセローが無実の愛妻を殺そうと決心する場面に来たとき一階の客席から突然一発の銃声が起こった。イヤゴーに扮した名優ウィリアム・バッツは舞台に倒れ、そのまま絶命した。やがて我に返った発砲者は、同じピストルを自分のこめかみに当てて、その場で自殺した。正義一徹の青年将校であった。真に迫った演技に、虚構と現実の境を見失った結果だった。人々は射った青年と射たれた名優を一つの墓に埋め、碑にこう刻んだ、「理想的な俳優と理想的な観客のために」ーーと。
河竹登志夫『演劇概論』

現実再現の追求を求める西洋演劇、その素晴らしい演技による同化効果が起こした悲劇でした。演劇による社会への問題提起の力はとても強いものです。シェイクスピアが恐れていた人種差別や宗教差別による負の連鎖は、一七世紀のイギリス革命で実現し、多くの被害者を出すことになりました。現在でもいまだ根絶しない多くの差別は問題として生き続けています。「自身の驕り」による差別を無意識に行っていないか、改めて見返すのも良いかもしれません。シェイクスピア「四大悲劇」の一作、未読の方はぜひ読んでみてください。
では。


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