『デカメロン』ジョバンニ・ボッカッチョ 感想
こんにちは。RIYOです。
今回はこちらの作品です。
十四世紀にイタリアでは、ギリシャやローマの古典を復興させようという試みから文芸運動ルネサンスが起こりました。フランスの歴史学者であるジュール・ミシュレが定義したもので、「Renaissance」という語は「再生」という意味のフランス語から取られています。ローマ教皇による「神の絶対視」「人間は罪人」という教えに縛られている時世を「暗黒時代」と捉えて、思想や芸術を自由へ解放させるために今一度生まれ直そうとする運動を指します。神の存在を中心とした世界からの脱却は、本質的なヒューマニズム(人文主義)の主張であると言え、世の芸術家たちが挙って抑圧されていた能力を存分に発揮しました。
この文化変革運動とも言える文芸家たちの取り組みは、絵画、彫刻、音楽、演劇、建築にまで派生し、十六世紀半ばまで続きました。絵画においては、最初にビザンティン美術(キリスト教画的)を放棄したジョット・ディ・ボンドーネを先頭に、「ヴィーナスの誕生」を代表作として神秘主義的作品を多く残したサンドロ・ボッティチェッリ、数多の才能を世に見せてきた万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチ、新プラトン主義を掲げた三大巨匠に挙げられるラファエロ・サンティなど、建築では、彫刻作品を中心に神話的な才能を見せたミケランジェロ・ブオナローティ、古代建築の礎を築いた遠近法の発明者フィリッポ・ブルネレスキなど、思想に関しては、『君主論』のニッコロ・マキアヴェッリが挙げられます。このように枚挙に暇がないルネサンスの芸術家たちですが、文学においても同様に、後世に影響を与え続ける文士たちが存在しました。
十三世紀までの「真の神への信仰」に基づいた精神で当時の教皇を痛烈に批判したダンテ・アリギエーリは、美徳や罪悪に詩と哲学を織り交ぜて『神曲』を書き上げました。この著作に感銘を受けて育ったジョバンニ・ボッカッチョ(1313-1375)は、誰よりも早く真意を理解し、ダンテの偉大さに心酔します。元々『戯曲(La Commedia)』という題名を『神曲(La Divina Commedia)』と世に広めたことが深い敬意を示していると言えます。そして彼はルネサンスの潮流が徐々に加速し始めた時期に、やはり文士として活躍します。本作『デカメロン』(十日物語)は、ヨーロッパ近世文学の祖として語られることになった大作です。スコラ神学の価値観が芸術の基盤であった当時において、主体を「人間」に視点を当てて描きました。世に出た衝撃はあまりに強く、批判を受けながらも多くに受け入れられ、現代では散文小説の基礎として語り継がれています。そして、『神曲』に対を成すように『人曲』と呼ばれており、十四世紀ルネサンスを存分に表現するように、人間の持つ欲、謂わば金銭や肉体を求めようとする性が直截的に描かれています。
ペスト(黒死病)に侵された街から避難していた七人の淑女と三人の紳士は、郊外の別荘に寄り集まって安堵の気持ちを共有するように多いに語らいます。落ち着きを見せて饒舌に語る彼らの話には、痛烈な諷刺や揶揄が溢れ、人間の金欲や肉欲が前面に出ています。批判となる対象で最も多いのが聖職者層で、神の使いとして相応しくない「欲」に溢れた人物が次々に登場します。他にも、密告、姦通、虚言、策謀が数多に語られ、生々しい「人間らしさ」が浮き出てきます。そしてその感情を全面で批判的に捉えるわけではなく、寧ろ策謀における努力や報いを称賛する流れがあり、「信じる者は馬鹿を見る」というローマ教皇に真っ向対立する思想で埋め尽くされています。ここには「人間価値の回帰」が込められており、封建社会、教皇社会を否定するルネサンス運動の本質が如実に現れていると言えます。目の前の現実的な欲を満たす快楽は、人間の自我を刺激して歓喜と解放を呼び込み、新しい自由と解放の時代を望んでいたことが示されます。
英仏の封建諸侯による王位継承争いで幕を開けた百年戦争、そして最中に蔓延したペストでの重なった大衆の疲弊は、心身の抑圧を受け続けていました。それらを救う筈のローマ教皇を始めとする聖職者たちの不貞にとどめを刺され、「真の神的存在」を認めながらも人間性を取り戻そうと芸術家たちがルネサンス運動を起こしたことは必然であったとも言えます。そしてボッカッチョは「想起改善」(レミニッセンス)を起こす啓蒙的な意図で本作『デカメロン』を書き上げたのだと考えられます。
文章を表面的に見ると猥雑と悪徳が入り混じっていますが、固められた教会的価値観から解放された人間本質の強さと美しさが個性としてその根底を流れ、強いヒューマニズムの思想が打ち出された著作となっています。各篇は短く書かれており非常に読みやすい作品です。未読の方はぜひ、読んでみてください。
では。
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