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卒業旅行

卒業旅行という文化がある。
お金がない私はそんなのいらないかなとか思っていたのだが、中高の部活の友達に誘われたので行くことにした。
このご時世で台湾に行く予定が熱海になって、4日の予定が3日になって、随分とお粗末なプランに変わった。正直やっぱり行かなくてもいいかなと思っていた。

現地集合までの道のり、東京から鈍行で三時間半、ひとりで電車に揺られる。
好きな曲を聴きながら、窓の外を眺めて、この大学の五年間、色んな場所に行ったことを思い出した。
お金を稼いで、色んなところに行った。
行きたかった。焼けるような暑さの中、田んぼをひたすら歩いた。目の前が真っ白になる雪の中、まるでアトラクションのように揺れるタクシーに運ばれた。

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私は車窓が好きだ。
街が流れて行く。
高校生までの間、私の世界なんてほとんど高校しかなかった。さして旅行もしたことがなくて、でも大学生になってたくさんアルバイトして色んなところに行ったのだ。

    そんなの普通の話。
    勉強をした方が偉い。

ずっとそんなふうに思いながらいた気がするけど、なんだ、私は私なりに頑張ってきたのだ。

川や畑や林や森を見ていると、生きている実感が持てる。ぼんやりと私の中の思い出がトランスフォームされていく。
これからはもっと色んな場所に行こう。
色んな世界があることを知ったから、私は行きたい場所に行こう。

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禊のような旅。

そう、呟いてみる。妙にしっくりきた。
小さな箱庭で、私たちは無邪気に笑い合って傷つけあって懸命に生きていた。
そういう六年間があった。
それは私たちにかけられた魔法。そして呪い。
必死だった気がする。
私としての価値を探そうと。

あの六年の後、離れて過ごしたこの六年で、みなはどう生きていたのだろう。
そしてこれからどう生きていくつもりなのだろう。
訊きたいと思ったのだ。
そう、だからこの旅に出る。

あれほどに生まれや育ちの差を感じて、もう逃げたいと思っていた少女たちに、また会おう。
私は下手くそだけど強くなったよ。
貴女たちが世の中のマジョリティーではないと知った。もう肩をすくめないで会える気がするのだ。そして色んなことを訊いてみたい。話してみたい。

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「久しぶり!」
駅を降りて何年ぶりかに会った彼女たちは昔とさして変わらない気がした。
ゆっくりと時間が解けていく。こんなにも私は違う世界の人たちと一緒に生きていたのだと、気付く。
私と彼女たちとは生活レベルが違いすぎて私は作り笑いを貼り付けて頷くしかない瞬間がある。私立の中高一貫の女子校から医学部に行くような女の子たち。奨学金なんて借りないし、旅行のお金も親が出してくれる。
彼女たちの世界観はまるで私たちがともに過ごしていたあの頃と変わっていないように思えた。そこにはまだ少女たちがいた。時間が止まっていた。
こんな少女たちに囲まれて私はよく生きていたと思った。どうやって生きていたかは思い出せない。

温泉につかりながら、旅の目標を思い出す。
「なんで医者になろうと思ったの?」
「わたし自己分析とか無理で、就活なんてできないと思ったからだよ」
もちろん他にも色んな理由があるのだろうけど、そんな答えが返ってきた。
びっくりした。そうか、貴方達はなんて賢いんだろう。


もうあと5年ぐらいして、お互い30くらいになったらまた会いたい。
全く違う世界にいるのに、青春を共にしたあの子達と。
今度こそ台湾に行きたいけれど、きっとみんな忙しくて、それは幻の旅行になってしまった気がする。


恐れ入谷の鬼子母神です。 けれど、サポートの価値を感じていただけたのならうれしいです。 サポートの分だけ芝居に時間をさきます。