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【小説】名乗るまでもない

「犯人はあなたです、清水さん。」
8人が集まった大広間で、
茶色のスーツを着た小柄な男が1人の男性を指さして、そう言った。

全員の前で突然名指しされ、犯人とレッテルを貼られた清水の顔は硬直し、呆気に取られていたが、あまりの唐突な出来事に言葉を紡げず、餌を待つ鯉のようにパクパクと口だけが動いていた。小柄な男は言葉を続けた。

「この館の主人である佐藤さんは間違いなく鋭利な刃物で刺殺された。ですが、彼は病的な先端恐怖症のようで。爪楊枝ですら見たくないというのですから、そんな刃物となりうるモノはこの館のどこを探しても見つからない。つまり、忽然と消失した凶器。それが今回の一番の謎でした。」
男は少し間を空け、大きく息を吸い、話を続けた。
「だけど、1つだけあったんですよ。凶器を消し去る方法がね。」

男はゆっくりと窓の方へ移動し、外にある中庭を見つめていた。清水以外の他の宿泊者も、何かに呼ばれるように同じ方向を見始めた。
ゆうに3メートルはあるであろう松の木、サイズ・色共に多種多様な鯉が泳ぐ池、整備された芝生、法則性に則って並べられた岩たち…

全員の頭の中に?マークが浮かんでいた中で、最初に口を開いたのは清水だった。
「さっきから何を言っているんだ!いきなり来て犯人呼ばわりとは何のつもりだ!」
至極当然の言い分だったが、男は意に介さず続けた。

「凶器は鯉が消し去ってくれたんです。」

「お前!!人の話を聞けぇ!」
清水の顔がみるみる赤く膨れ上がっていく。
今にも手が出そうだ、と傍から見ても分かるぐらい、怒りを全身に帯びていたが、それでも何とか理性を保っているのは分かる。

「凶器の刃物は鯉の餌の粉末を固めて作られていたんです。しっかり固めれば強度も申し分ない、人を刺し殺すぐらいの硬さは十分にあるでしょう。
あなたはそれを使って佐藤さんを刺し殺した後、池に投げ入れた。ナイフは徐々に水に溶け、傷口に付いた餌と一緒に全て鯉たちが食べきってくれる。」

荒唐無稽、馬鹿馬鹿しいトリックに対して不思議と、誰も突っ込みを入れなかった。と言うより、あまりに突飛な論理を、至って本人は真剣に語っているので、ここにいる誰もがこいつは本気なのか、受け入れるべきなのか、混乱しており、まるで時間が止まっているようだった。

「それが出来たのはこの館で庭の手入れを任されていた清水さん、あなただけという事になるんです。鯉は食事の消化に10時間ほど掛かるそうです。恐らくすぐに鯉の体内や池の中を調査すれば、明らかにいつもよりも食事の量が多いとすぐに分かるでしょう。あなたの負けです、清水さん。潔く諦めて…」

怒りの臨界点に達した清水が周りの制止を振り切って、男に蒸気機関車のように鼻息を荒げ、突進していったが、男は予定通りと言わんばかりに小さく横にステップし回避した。結局、清水は別の男に後ろから羽交い締めにさせられていた。

「清水さん!手を出すのはマズいです!」

暴れる鯉を必死で抑え込む漁師のようになっているその男こそ、まさに餌で固められたナイフで刺殺され、池に投げ落とされていた”はずの”佐藤だった。

「ちょ、ちょっと!落ち着いてくださいってば!!あと、そこのあなたも僕が殺されたとかなんとかかんとかの話は何なんですか!って言うか誰なんですか!」

「かつては探偵と名乗っていましたが…そうですね、今は犯罪予防人とでもしておきます。佐藤さん、今晩は部屋で大人しくしていることをオススメします。そして清水さん、自身のお金の問題で悩んでいるのは分かりますが、人を殺めるなんてバカな真似は辞めなさい。しっかり働いていればそのうち改善できるチャンスは必ず巡ってきますから。」

先程まで真っ赤だった清水の顔は燃料切れの如く一気に蒼白になり、へなへなと近くの椅子に持たれ込みながら、地面を見つめていた。その態度こそが、この男が突拍子もなく始めた啖呵が全て事実である事を物語っていた。


「今日も誰も殺されなかったか。」
男は洋館を背にゆっくりと歩き出しながら、煙草に火を点け、あの【神】と名乗る男と会った日の夜を思い出す。
そして、小さく呟いた。
「普通、能力の説明してから授けるもんじゃないのかよ…」 
足元に落ちていた空き缶を勢いに任せて強く蹴り飛ばそうとしたが、寸前で思い留まった。空き缶が地面に跳ね返り、まだ少し残っていたコーヒーの自分のスーツを汚してしまう未来が見えてしまったからだった。

絡み合った動機、完全無欠のトリック、凄惨な殺人、密室、アリバイ…そんな物を求めているのは誰よりも探偵役その人なのである。

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