もう一つのお家
「賄いのご飯あるよ、食べてく?」
「うん!」
一人暮らしをしていた頃。
「帰宅後に疲れた状態で頑張ってご飯を作る」元気が帰宅後には残っていない日々を過ごしていた。
仕事帰りによく近所のCafe&Barに通っていた。そのお店で一息ついてから帰宅しないと、夜ご飯を食べるタイミングを逃してしまう。特に週の後半は作る元気がなかった。
『賄い』とはいえ、メニュー表には書かれていない隠れメニューとして存在していたもので、ワンコインで日替わり定食のように提供されていた。
カウンター席で他の常連のお客さんと雑談しながら飲み食いすることが、その日に仕事で感じたストレスを消してくれるような、ストレスに効く消しゴムのような場所だった。
通っていると、いろいろな事があった。
「このカクテルの練習してるんだけど、飲んでみる?」
と試飲する機会があった。目の前でシェーカーでカクテルを作ってもらいながら、シェーカーの振り方のコツを教えてくれた。
時には、店長とスタッフ(店長の彼女)の口喧嘩に
「あらら、こりゃ他のお客さんが驚くから今日は臨時休業にしたら?」
とまさかの常連さんとスタッフの彼女の判断で臨時休業になってしまった日もあった。
カウンター席から眺める店内はいつも私には刺激的だった。
手際よく作られる食事メニューや、お酒のメニュー。コーヒーを淹れる姿。カウンター席以外に2人席や4人席もあったけれど、いつもふらっと寄る私にはカウンター席がお気に入りだった。
賄いという名の隠れメニューを頬張りながら、雑談をしているとあっという間に遅い時間になり「そろそろ帰りまーす」とお店を後にした。
帰宅したら、あとはサッとシャワーを浴びて、寝るだけ。
数分歩けば自宅だ。もう少し頑張ろう、自分。
当時の私には、このお店があったから、一人暮らしの寂しさに悩むことがなく数年を過ごすことができたのだと思う。
私が結婚を機に引っ越しするあたりのタイミングで、その近所のCafe&Barは閉店したと周囲の人から聞いた。
お店は今はなくなってしまったが、記憶に残っている。
試飲で試した柑橘系の飲み物の味、コーヒー豆の仕入れ先だったり、賄いのメニューの内容。
仕事関係で繋がることがなかったであろう常連さんやお店のスタッフの方と爆笑したり、誰かのことを心配したり、励ましたり。
喜怒哀楽がお店にいけばあった。
あれから時間は10年以上過ぎていったが、「もう一つのお家」の存在は当時の私にはとてもありがたいものだった、と時間が過ぎてから改めて実感している。
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