計算機と自然、計算機の自然 ~感想~
どうも、りつです。
久しぶりの投稿です。もう少し頻度を上げたいところですね。
先日、日本科学未来館に展示されている、落合陽一さんの、
計算機と自然、計算機の自然
をみにいったので、特に印象に残った点を書いていきます。
落合さんといえば「魔法の世紀」を最近もう一度読み返しているのですが、この本を読んでからの方が落合さんの描く未来を理解しやすいかと思うので、読んだことがない人はおすすめです。
人工なのか、それとも自然なのか
自然から切り出した樹木や草花と標本や印刷で再現された蝶。
パッと見、羽の色など本物と見分けがつかず、完全に自然に溶け込んでおり美しいと感じました。
草木などの自然と蝶を再現した計算機。
これらが混ざり合ったとき、これを自然と呼ぶのでしょうか。
それとも人工物と呼ぶのでしょうか。
また、その新たな自然ともいえる世界で自律的に動くロボットがあります。
葉っぱを一枚一枚丁寧に運ぶロボット、試験管の中の水をこぼれないように他の試験管にそそぐロボット、
どちらも人の手を借りることなく、自律的に動作しています。
では、ロボットが環境に合わせ、協調的に活動するようになったら、
それは人工と呼ぶのでしょうか、それとも自然と呼ぶのでしょうか。
計算機が自然となりうる可能性を一番感じられた世界でした。
動物は計算機?
ピューイ...
どこからか頭に響いてくるような高い音が聞こえてきました。
音の正体はイルカの発する声を模したものでした。
イルカは人間よりも広い周波数の音を聞き取ることができ、これを利用して超音波を用いたコミュニケーションをしています。また、超音波により空間を認識するなどセンサのような使い方もします。
これらのことを可能とするイルカの頭は高機能な「バイオコンピュータ」と言われます。
また、ITエンジニアの人は詳しい人いるかと思いますが、動物の神経細胞は軸索と樹状突起が複雑につながり合い、電気信号を伝達することで情報処理を可能とします。
この構造を応用し、計算機の世界では「ニューラルネットワーク」モデルが構成されました。
これらから考えて、計算機と自然の違いとは一体何なんでしょうか。
答えは、原理が意識されているか、されていないかであると思われます。
つまり、計算機が発達し、センサの分析能力がイルカの頭を超えたら、はたまたニューラルネットワークの応用により情報処理能力が動物の脳の能力を上回った時、計算機は自然になりうるのです。
動物と計算機の違いはそこだけなのです。
これに気づいたときは興味深いとともに少し怖くも感じました。
支配する側か、される側か
先に言っちゃえば共存って考えもあるんですけどね。
一番壁側にある
人類は「経験」と「法則」を繰り返す
では、人類がこれまでどのような「経験」を積み、
どのような「法則」を見出して進化してきたか、
またこれからの未来はどのように発展していくかを映像で学ぶことができます。
やはりここで出てくるのはAI。
この先、AIが自分でデータを集め自分で成長することで、人間が意思決定を行う必要がなくなる未来が予想されます。
掃除が面倒ならAIがやってくれる、いいことがあったのはAIが予想して導いたから。
そう考えると、考えなくていいから楽と考える反面、AIが人間を支配するのではないかと怖いと感じる部分も個人的にあります。
映像の最後のシーンが
「AIが先導してくれる」
という見方もできれば、
「人がペットでAIが飼い主みたい」
という見方もできてしまいました。
人はAIを支配するのか、それともされてしまうのか、共存する道はあるのか。
どの道がいいかは人それぞれですが、どの道を選ぶにしろ、
私たちが現状を理解し、未来について想像し、理想の未来を創造するしかありませんね。
おまけ
自分が音楽好きというのもあり、初音ミクがこの先の未来について語っているのも興味深かったです。
機械が音楽に感動する日が来るのか。
つまり計算機が僕ら人間のように感情を持つってことですね。
その計算機が僕らのように音楽を聴き、その音楽に感動をする。
確かに素敵だなと感じました。
また、計算機が感動するということはその感情が数値化されるということなので、それを応用して何かに利用するのも面白そうですね。
あともう一つ、写真を撮り忘れてしまいましたが、
「ここは計算機の中と外、どっち?」
も計算機による自然の表現が実際の自然と区別がつかず、面白かったです。
泡がディスプレイに反射していたので何とか区別はつきましたが、それがなければ絶対にわからなかったです。
以上、落合陽一さんの「計算機と自然、計算機の自然」の
感想でした。
計算機の未来について、考えが大きく変わったのでまだ行ってない人はお時間あるときにでも足を運んでみてください。
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