Ritsuko Kawai
ビジュアルメモリーズ 第8話「何かが始まる彩りの予感」
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ビジュアルメモリーズ 第8話「何かが始まる彩りの予感」

Ritsuko Kawai

フェリーの船室で知り合ったスキー観光の旅行者たち、1週間宿泊したホテルのフロント係、夜中のラーメン横丁で絡んできた酔っぱらい。みんな私の顔を見るやいなや、保護者はどこかと尋ねてきたのを覚えている。

GPSが使えるスマホが普及した現在の事情は知らないが、当時は義務教育も終えていないような年頃の子供が、シェンムーの涼さん気取りで一人旅をしているなんて誰も想像しない。幼いころから、誰とでも友達になるのが得意だった。旅は道連れ。友達は現地調達。それが私のロールプレイだった。

イベントフラグは自ら立てる

『北へ。』の作中で「椎名薫」の勤務先である北海大学のモデルとなった北海道大学、主人公のいとこ「春野琴梨」が案内してくれる札幌時計台や旧北海道庁、彼女の同級生「川原鮎」と出会う大通公園や狸小路、オタサーの姫「里中梢」がタブレットを忘れたロイズ平岸店、高二病全開ヒロイン「左京葉野香」と新作ラーメンを求め訪れる二条市場。

私のメインクエストで最初に重要イベントが発生したのは、そうした定番スポットではなく、ゲーム内ではミニゲームが楽しめるゲームセンターの場所、すすきのの須貝ビル(現ディノス札幌中央)だ。

この場所は「左京葉野香」攻略ルートでは超重要スポットで、後年の続編『 北へ。~Diamond Dust~』でも登場する。主人公が眼帯美少女に絡まれたように、もちろん私にもイベントフラグが立った。むしろ私が“彼という主人公”に無理やりフラグを立てたとも言える。

当時、私はあるシューティングゲームにハマっており、須貝ビルでも無意識にその筐体の前にいた。しかし、1台しかない上にすでに先客がいたのだ。

「お兄さん、よかったら一緒に遊びませんか」

私は迷うことなく彼に声をかけた。齢は20代半ば。口の周りに立派なヒゲを蓄えた好青年だった。たまらん。彼の不信を拭うように私は笑みを投げた。

私たちはすぐに打ち解けた。二人で筐体にコインを山積みにして、協力プレイで何度もコンティニューしながら、ついにはそのゲームをクリアしたのをよく覚えている。その後、お茶しながら話を聞けば、彼も私と同じ理由で内地から北海道へ訪れたのだという。『北へ。』の聖地巡礼だ。

同じゲームを嗜んだ仲間として、セガハードを愛する同志として、ドリームキャストのお気に入りのゲームについて話題は尽きることなく、色彩豊かな花が咲いた。

その日から私たちは二人の待ち合わせ場所を決めて、毎日行動を共にすることにした。それが私たちの出会い。メインクエストの始まりだった。

大人へのカウントダウン

彼の名前は今でも覚えているが、ここではKと呼ぶことにする。私の聖地巡礼がKルートに突入して最初に訪れたデートスポットが、北海道内でも屈指の観光名所、さっぽろ羊ヶ丘展望台だ。

丘の上に立つウィリアム・スミス・クラーク博士の銅像は、北海道の開拓者精神の象徴であり、彼が残した言葉「Boys, be ambitious」 (少年よ、大志を抱け)を知らない者はいないだろう。

『北へ。』のゲーム内では、「里中梢」ルートの分岐点。彼女とケンカ別れをして、ハンドルネーム“ゆきちゃん”ことこずえたんがストーカーと変貌するきっかけを作る場所だ。もちろん、続編でも登場する鉄板の聖地である。

その日は鼻水まで凍りそうなひどい雪の日で、クラーク像も白いものに塗れていたのを記憶している。ほっぺを真っ赤にしながら凍えていた私に、Kは温かいジンギスカンを食べさせてくれた。

私が未成年だという理由で、その後も彼が食事代をすべて負担してくれたことは忘れない。お父さんや学校の先生以外で、私が初めて出会った大人の男性だった。

「遠慮しないで」

「好きなだけお食べ」

「もっと甘えていいんだよ」

後にホステスとなった私の最初のスキルがアンロックされた瞬間である。彼と手をつないで一緒に歩く雪道は、まるで初夏の北大に広がるポプラ並木のように心地よかった。

秘密のセーブデータ

その後も私たちはいくつかの聖地を巡礼し、いよいよ旅を締めくくるクライマックスイベントの日を迎えた。ホワイト・イルミネーション。「大晦日の夜にイルミネーション・カウントダウンで年越しのキスをした恋人たちは、永遠の幸せが約束される」と伝わるローカルイベントで、『北へ。』では主人公が後篇の冬パートでヒロインに告白するシーンに登場する。

この日はテレビ塔がある大通公園がいつも以上に賑わいを見せ、夜の帳が下りた都会の喧騒は幻想的な空間へと変貌する。無言のまま散歩をして、おしゃれなカフェで暖を取り、新たな時代の到来を待つ。私がその夜、彼と年越しのキスをしたかどうかは、ご想像におまかせする。Kルートのエンディングは、私のビジュアルメモリだけに留めておきたい。

年が明けて次の日、Kは一足先に北海道を発った。彼が別れ際に私へかけた言葉は、20年経った今でも胸の奥に刻まれている。古代遺跡に残された賢人の言葉。人の心をあたたかくする魔法の言葉。当時の私はそれに見合う言葉を持ち合わせていなかった。私はただ、彼と出会った時と同じ笑みを投げ返した。

あなたは今、どこで何をしていますか。もう結婚して家庭を築いているのだろうか。今の私は当時のKに見合う、素敵な大人になれたのだろうか。初めてのギャルゲーでロールモデルとして憧れたヒロイン、ハマーン様の声で喋る「薫さん」のような大人になれたのだろうか。

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Ritsuko Kawai
ライター・ジャーナリスト。カナダで青春時代を過ごし、現地の大学で応用数学を専攻。帰国後は塾講師やホステスなど様々な職業を経て、ゲームメディアの編集者を経験。その後、独立して業界やジャンルを問わずフリーランスとして活動。趣味は料理とPCゲーム。ストラテジーゲームとコーヒーが大好き。